うつくしいもの、こぼれることば

和登まりえ

プロローグ


 ――昭和五年、春




 ‌志村 瑚子ここ、二十歳。志村家の一人娘である私の元に、とうとう縁談が舞い込んできた。


「優しい人って評判よ」


 そう母から聞いた私は、喜んでその縁談を受けた。写真を見ると、とても端正な顔立ちの大人っぼい男性で、その時点で既に私は圧倒されてしまっていた。大人っぽいのはそれもそのはずで、私とは九つも歳の離れた細工職人さんらしい。


「この人が私の旦那さんに……?」


 不安な気持ちと、楽しみな気持ち。様々な感情が入り交じって、私の心はいっぱいだった。



 そうしてあっという間に祝言を挙げる日がやってきて。



 親戚たちがわいわい宴会を進める中、私は表情も崩さずに遠くを見つめる彼を見つめていた。

 ……本当に見目麗しい人だ。つい見とれてしまいそうになる。


「……、あの……、」

「はい」


 私が声をかけると彼はこちらに目を向けた。やはり表情は崩さないけれど、視線は優しいような気がした。それに少し気がほぐれた私は、意を決して話し始める。


「この度は本当に……ありがとうございます。……私はこの通り子供っぽいので、きっとご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願い申し上げます……」


 そう言って頭を下げると、彼の柔らかな声色が頭の上に降りかかる。


「こちらこそ。……不束者ですが、よろしくお願いします」



 こうして私の、安藤 はじめ様の妻としての日々が始まったのだ。



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