身代わりおじさん、弟子を取る ~元伝説の前衛、身代わりスキルで駆け出し探索者の少女たちと現代ダンジョンを探索する~

朴いっぺい

身代わりおじさんは弟子を取る

第一章 身代わりおじさんと三人娘

1-1

 久世マモルは三人前の定食のプレートを見て、目を輝かせた。

 一皿に二人前を無理やり乗せてもらっているので、実際は六人前の量である。


(さてさて、やっと食事だ)


 雑然とした食堂は昼下がりという時間帯もあって、そこそこにごった返している。

 ぼさっとした黒髪に無精ひげを生やした中年が、この量の定食を前にしている光景は、さぞかし異様に映ることだろう。


 実際、先ほどからテーブルの脇を通りすがる者が、さりげなく視線を向けてくる。

 だが腹の音が緊急事態を告げている今のマモルにとって、そんなことはどうでもよかった。


(足りなければ、あとで特別定食も頼むかねえ……)

 

 食前の挨拶の代わりに手を合わせ、箸をつけようとした時。

 テーブルの脇に、誰かが立った。


「……ねえねえ、オジサン! 今、ヒマでしょ?」


(今この瞬間の、どこをどう見れば、ヒマに見えるんだ?)


 悪態をつきたくなる気持ちを抑えて、声のほうに視線を向ける。

 声の主は、まだ少女と言っていい年頃の女性だった。肩先に届かないくらいの赤髪。気の強そうな顔立ちは、マモルが会ってきた女性の中でも上位に入るくらい整っている。 


 だが服装は今どきの少女のそれではない。ケブラー素材の服を着こみ、急所をカーボン製のプロテクターで固めている。


探索者デルヴァーか。今はこんな歳の女の子でも、探索者デルヴァーになるんだな)


 現代にダンジョンとモンスターが生まれ、選ばれた人類がモンスターに抗し得る力――天職ジョブ技能スキルに目覚めて二十年。


 この力を駆使し、ダンジョン探索とモンスター退治を生業とする者たちが、探索者デルヴァーと呼ばれるようになって十五年。

 当時生まれた子供が、探索者デルヴァーになっていても不思議はない。

 

 かくいうマモルも、ケブラー素材の戦闘服の上から、全身を炭素繊維カーボン製の防具で覆っている。対面の椅子には、カーボン製の大盾が立てかけてある。

こんな服装をしていれば、探索者デルヴァーであることはひと目で分かる。


「アタシたちとパーティ組んで……」


「断る」


「……はあ? どういうことよっ!」


 赤髪の声に、周囲の席に座っていた者たちが振り向いた。

 そんな中、マモルは呆れを隠さずため息を吐く。


「どうもこうも言ったとおりだよ。パーティ入りは断る」


「だってあなた、盾士シールダーでしょっ⁉ 前衛タンクやってくれって言ってるのに、なんで断るのよっ!」


 赤髪が言うとおり、マモルの天職ジョブ盾士シールダー

 その名の通り、盾を使った技能スキルを用いて、モンスターたちの攻撃を受け止めるのが役割だ。


 複数人数によるパーティを組むのが基本のダンジョン攻略においては、魔法使いなど打たれ弱い天職ジョブから声がかかりやすい。

 錫杖を背に負っているあたり、この赤髪は後衛系の天職ジョブなのだろう。


東京ここらで仕事をする気はないんだ。古巣なんで、のんびりしたいのさ」


 のんべんだらりと応じると、赤髪はテーブルに並んだ料理をじろりと見た。


「そんだけ大食いで? オジサンだって同じ下級コモンでしょ? ひと稼ぎしたっていいじゃない」


「生憎、ひと稼ぎした後でね。食堂ここで食うだけなら、あまり困ってないんだな」


 この食堂、探索者協会デルヴァーズと呼ばれる探索者たちの協会の設備である。

 探索者デルヴァーであれば、それなりの飯を格安で食べられる。


 当然、パーティの募集も多い。

 赤髪もそこを当て込み、椅子の大盾を見て声をかけてきたのだろう。


「……アイリちゃ~ん、そんなお願いの仕方しちゃダメだよ~」


 ほんわかとした声とともに、栗色の髪の少女が近づいてきた。

 年頃も服装も赤髪と似たようなものだが、顔立ちは負けず劣らず整っている。赤髪が狐なら、栗毛は犬だろうか。

 憮然とする赤髪を見て苦笑しつつ、栗毛のほうが頭を下げる。


「不躾なお願いでごめんなさい。あたし、司祭プリーストの水城フウカって言います。こっちの子は祓術士クリアランサの橘川アイリ」


 本来、探索者デルヴァー同士の挨拶は、こうした自身の天職ジョブの紹介から始まる。

 アイリのパーティ勧誘は、なかなか非常識な部類である。


盾士シールダーの久世マモルだ。ご丁寧なあいさつ痛み入るが、君たちとパーティを組む気はないぜ」


「そう、ですよね……。同じ等級ランクなので、いいかな~って思ったんですけど……」


 アイリとフウカの首元には、マモルと同じ小さな瓶をかたどった首飾りが光っていた。

 上部についているプレートは青――下級コモンの証だ。


 戦力外とされる民級ノービスを除けば、探索者デルヴァーとして最下級。

 荷運びや採取、簡易なモンスター討伐で経験を積むのがセオリーとされている。


「すまねえな。他をあたってくれ」


 話は終わったとばかりに食事を再開すると、フウカがアイリを促してその場から去っていく。

 二人が支所の入口まで行くと、影から湧き出るようにもう一人が加わった。三人パーティだったらしい。


「なんだよ、オッサン。行っちゃえばよかったのに……」

「枯れてんなあ」

「可愛い子だったのに」

「入口にいた暗殺者アサシンの子もかなりレベル高かったぞ」

司祭プリーストの子とかこっちもドン、だぜ」

「お前よく見てんな~」


(だったら、お前らが誘ってやれよ)


 聞えよがしに話す声に笑いたくなるのをこらえながら、定食を平らげていく。


 ここは”ダンジョン大国”の異名をとる日本でも、探索のメッカとされる東京だ。

 遺構や史跡、果ては道端の地蔵までダンジョンが現れる中、下級向けのダンジョンはたまに出てくる程度である。


 そんな場所で、駆け出しの下級コモンとパーティを組む物好きなど、まずいない。

 実際、マモルも席についてしばらく経つが、パーティの誘いは一切なかった。


 食事を済ませて外に出ると、二人の探索者デルヴァーが何やら話し込んでいる。


「さっきの子たち、可愛かったなぁ~」

「パーティ探してたみたいだったけど、さすがに下級コモンじゃなあ」

「ま、ここらで面倒見るのは、ちょいとキツイわな」

「でもさ、あの子ら行ったほうって、オーク村ダンジョンくらいしかなくね?」

「まさか。いくら三人だからって下級コモンで行くバカはいねえだろ」


 オーク村ダンジョン――。都内某所の公園に出現するダンジョンである。

 それなりの経験を積み、装備も整った中級アンコモン探索者デルヴァーなら、入口付近で単独ソロでもいけるか、くらいの難易度だ。

 逆に言えば、下級コモンはたとえ複数人であっても、立ち入っていい場所ではない。


(オークがわらわらいるところに、女の子が三人、か……。嫌な予感がする)


 何とはなしに、オーク村ダンジョンのほうへ足が向く。

 少し歩くと、錨が置かれた噴水のような設備が見えてきた。投錨地点アンカーポイントと呼ばれる、いわゆるセーブポイントにあたる設備だ。


 登録履歴を確認すると、先ほどのフウカとアイリ、そしてちらりと見えた黒髪の暗殺者アサシンの顔があった。

 立ち寄ってから、すでに三十分近くが経過している。


投錨地点こいつがあれば、無茶しても死ぬことはない、が……)


 ため息をひとつ吐き、さらに奥へ進む。

 やがて、公園の奥に光の玉――ダンジョンの入口が見えてきた。手前には見張り役であろう探索者デルヴァーの男が二人、立っている。


「お疲れさん。ここに女の子が三人、入っていかなかったかい?」


「ああ、来たよ。かわいい子たちだったな~。下級コモンみたいだったから止めたんだけど」


「まあ入口のあたりだったら、ギリ行けるんじゃねえの……? 無茶しなけりゃいいんだがな」


 男たちは、マモルをじろりと見た。

 装備と探索者デルヴァーの証ですぐに下級コモンだと察したようで、訝しげな視線を向けてくる。


「あんた、あの子らの知り合いか?」


「ってわけでもねえんだがな。バカやりそうだったから、連れ戻しに来たんだよ」


「あんただって下級おなじだろうに……。無茶すんなよ」


 男たちに手を振って応えると、光の玉に近づいた。手を触れると、一瞬で風景が切り替わる。

 鬱蒼とした森の中に、藁や木材で作られた簡素な小屋が立ち並ぶ集落だ。だがそこかしこから聞こえる人ならざる吐息が、ここが異形の住まう地であることを物語っている。


(オークどもがいない……。さてさて、無事でいるかな)


 考えつつ、森の奥へ進むことしばし。

 案の定、前方でオークの群れと戦っている者たちの姿が見えた。遠目にもはっきり分かる、黒髪と茶髪と赤髪。先ほどの三人組に間違いない。


 腕に嵌めるタイプの短剣――カタールを装備した暗殺者アサシンの黒髪が前に立って敵を引きつけ、脇からアイリが魔法で仕留める。後方ではフウカが、回復魔法で援護していた。


 人類が魔法を使えるようになったのも、天職ジョブから生まれる技能スキルの賜物である。


存在力オーラは……削れてなさそうか)


 天職ジョブを得た者は”存在の力”とも言うべき存在力オーラを纏い、他者の存在力オーラも見えるようになる。これがなくなると肉体にダメージが入り、生命の錨アンカーのお世話になるわけだ。

 幸いにして三人の存在力オーラは、健康を示す青を保っている。


(意外とがんばってるじゃないか。下級コモンのわりにはるな、あの三人……)


 などと思った矢先、暗殺者アサシンが横合いから湧き出たオークの一団の攻撃を受けた。

 暗殺者アサシン存在力オーラが、一瞬で危機を示す黄色に染まる。

 倒れ伏した暗殺者アサシンに回復魔法を使うフウカ。だがオークたちは意にも介さず、暗殺者アサシンの身体を担ぎ上げる。


「こらあっ! カエデを返せっ! ちょっ、やめろ、放せえ……っ!」


「アイリちゃんっ! あっ、こっ、来ないでえっ……!」


 他のオークたちが息を荒くしながら、次々とフウカやアイリに襲いかかっていく。

 ほんのり見える二つの存在力オーラが、またたく間に黄色へと染まった。


(……と、やっぱりこうなったかっ!)


 息を吐き、盾を前に構えて駆け出した。

 間合いを詰めながら、意識を集中する。身体が勝手に動く感覚――技能スキル発動の瞬間だ。


「<勇敢雄姿ヴァラー・フォーム>!」


 手をかざすと、マモルと三人娘が、瞬時に光の帯で結ばれた。

 対象のダメージを肩代わりする、いわゆる“身代わり”の魔法である。

 かけたと同時に、いくばくかの痛みが身体を襲うが、気になるほどのものではない。


「なに、今の……⁉ 詠唱、早すぎ……!」


「あれ……さっきの、久世さん……⁉」


 呆然とする二人の声には応じず、マモルは技能スキルを放つ体勢に入る。


「<攻盾突撃シールド・アサルト>ッ!」


 気合とともに放った盾の一撃で、フウカとアイリの周囲にいたオークたちが吹き飛んだ。さらに同じスキルを放つと、暗殺者アサシンを連れ去ろうとしていたオークたちも同じ運命をたどる。


 少女たちが、おぼつかない足取りで起き上がった。一方、オークたちは呻き声すら上げず倒れ伏している。


「……間に合った、みたいだな」


 マモルは、呆けた顔をする少女たちに微笑みかけた。


 *――*――*――*――*――*


 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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