第一話 お友達はもうやめます

ただ憧れていた。傍にいたいと思った。それが叶わぬ恋だとしても。いつまでも『お友達』でいられるのなら。


だけど⋯


「シノン⋯いや、カレンヒナ・ヴァレンヴィーノ!王である私を裏切り、性別まで欺いた罪は重い!その命でもって償ってもらおう!」


男でいることすら貴方の憎しみの種になるのなら。


「⋯僕は⋯」

私は⋯何のために生きてきたのだろう。


そんな問いかけに答えは返ってくることはなく、強い痛みと共に私は死んだ。


⋯はずだった。


***


「起きてください、お嬢様・・・!」

「ん⋯」

その懐かしい声に目を開ける。冷たいけれど、何よりも温かい心の持ち主。愚かな私に悲しみながらも命を賭して尽くしてくれたたった一人の理解者。

「⋯スノウ」

「まだ寝ぼけているのですか?シャンとしてください」

一見雑である態度も私を気遣ってくれるものだと知っていたから、だから⋯私のせいで彼女を殺してしまったことがただ申し訳なくて、悲しくて。

「う、うぅ⋯!」

泣き始めた私を見たスノウは表情は変えないものの慌てていた。

「⋯お気持ちはわかりますが、今日はシャルエル様の14歳のお誕生祭です。いつも通りにしなければ⋯」

「⋯シャルが14?」


そんな筈がない。だってシャルは⋯シャルは齢25の若き王として、裏切り者の宰相シノン・ヴァレンヴィーノの悪行を暴いた筈だ。

自身の顔を覆っていた手を見る。まだ小さく、ギリギリ男として見れる剣タコの目立つ手。大きくなるにつれシャルと差がつくのをバレないようにとつけていた愛用の白手袋がない、久しぶりに見た自分の手⋯じゃなくて。


「僕は今⋯14歳⋯?」

そう呟く私を不審そうに見つめスノウは鏡を持ってきてくれた。言わなくとも欲しいものを出してくれる。本当に気が利くメイドだ。

「はい、お嬢様⋯シノン様はシャルエル様と同じ歳の14です」

鏡に写った私は父に似た黒銀の髪と金色の瞳を持っていたが、目を見開く若い少年の姿になっていた。


「ゆ⋯め⋯?」

⋯違う。あれは夢じゃない。あの時の私⋯いや、僕は裏切り者シノン・ヴァレンヴィーノとして死罪に処された。

幼なじみであり『お友達』、この国の第一王子シャルエル・ローク・マイルードが14歳の誕生日が今日であるとするなら。その前日は、私を男にした母が死んだ日だ。

「⋯⋯」

時間が戻った?未来視?有り得ない、時間を操る魔法は誰にも扱えない。


今日は、カレンヒナ・ヴァレンヴィーノがシノン・ヴァレンヴィーノの呪縛から解かれた日。男でいる必要のなくなった日。しかしあの時私は男の『お友達』であることを選んだ。

『性別まで欺いた罪は重い!』

怨恨と失望の顔で告げるシャルエルの顔を、声を忘れることはない。貴方の『お友達』を願った嘘が、貴方にとって裏切りの一つだと思われていたんだ。


「⋯そっか」

自虐的な笑みが零れた。身から出た錆とはいえ辛いものは辛い。

「ねえ⋯スノウ」

「どういたしましたか?」

スノウは心配げに私を見つめてくれている。彼女を殺さないためにも、私の茶番劇に巻き込まれ悲しむ人を減らすために。

「僕⋯じゃなかった。私、男であることをやめるよ」

もう、『お友達』でいることはやめよう。

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お友達はもうやめます ちゃくや @kyuketuki

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