恋の練習だったはずが、本気になってた件について。

あんころもち

第1話『恋愛指南、はじめました。』

「ねえ、モテたいの?」


その一言で、紙パックのミルクティーを吹き出しそうになった。


「……は? 急に何言ってんだよ」


「だって顔に出てた。『恋してみたい』って」


隣の席の千紘は、教科書を扇子代わりにパタパタさせながら、いつものように涼しげに笑っていた。体育の授業が終わったばかりで、額にはまだ汗が残っている。


「別に、そんな……モテたいってほどじゃないけどさ」


「じゃあ、恋はしたい?」


「うーん……まあ、周りがどんどんそういう雰囲気になってくると、自分だけ取り残されてる気がして」


「なるほどね」


千紘は頷いて、ストローをくわえた。


「じゃあ、私が教えてあげようか。恋愛」


「……は?」


「恋愛指南。私がコーチで、あなたが生徒」


「いやいや、何その設定。なんでお前が教える側なんだよ」


「観察してきたから。恋愛ドラマも漫画も相当見てるし、周りのカップルもずっと分析してたし」


「……お前、何者?」


「恋愛オタクで、ちょっと変わった女子。で、いいんじゃない?」


さらっと言って笑うその顔が、やたら自信に満ちていて、ツッコむタイミングを失った。


「まあ、本気でモテたいなら、ちゃんと段階踏んで教えるから」


「なんか、すでにコンサルっぽくなってるけど……」


「まずは“目を見て話す”ところからね」


「え、いきなりそこから?」


「大事なんだよ、視線。目が見れない人は、恋愛でも出遅れる」


「……はいはい。じゃあ見ればいいんだろ、見れば」


言われるまま、俺は千紘の目を見た。


黒くてまっすぐで、ほんの少しだけ距離が近い。

たったそれだけのことなのに、心臓が変な音を立てた。


「……無理!」


「早っ。三秒もたなかったじゃん」


「いや、だって……距離近すぎてさ」


「うん、まあ予想通り」


千紘は小さく笑って、ストローをくわえた。

教室のざわめきの中で、その笑い声だけが妙に耳に残る。


何度も聞いてるはずの声なのに、今日は少しだけ、響き方が違って感じた。


「今日はそれだけでいいよ。視線の基礎、あとでまとめといて」


「ノート取れってこと!?」


「当然。次は“褒め言葉”と“間の取り方”。そのへんが安定すれば、かなり印象変わるから」


「……なんか、すごいな。お前って」


「ありがとう。生徒に褒められるの、けっこう嬉しいかも」


「……ちょっとずるいな、それ」


「そう? でも……他の子の前でやらかすの、たぶん見てられないかも」


「え?」


「なんでもない」


千紘はそう言って、また笑った。

その笑顔の奥に、ほんの少しだけ揺れが見えた気がしたけど——きっと気のせい、だろう。

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