ピクセル

一二三ケルプ

1 ブロックノイズ

 不思議だ。

 ボクには、わからないことが多すぎる。


 中学生になると、どうしてみんな恋人を作りはじめるんだろう?

 男子も、女子も。

 あれは一体、何なんだ?


 あと、なんだかみんな、少しずつ少しずつ難しいことを喋りはじめる。

 先生の好き嫌いとか、先輩への憧れとか、コンビニの店員さんの態度とか。


 小学校の頃、ボクの仲間はみんなワケがわからなかった。

 ゲームとかアニメとか漫画とか、そういうのが世界の中心だった。

 それが楽しくて、止まんなくて、ずっとそんな調子で生きていくんだと思ってた。


 だけど中学に入学すると同時に――そういうのはピタリと終わった。


 仲間たちがみんな、恋人を作りはじめたのだ。

 彼らの前で以前と同じようなことを話すと、絶対にバカにされる。


「お前、まだそんなこと言ってんのか? もっと大人になれ」


 でも、ボクは思うんだ。


 大人になるって、何?

 一体、どういう状態?


 ゲームとかアニメとか漫画とか、そういった話をしなければ、大人なんだろうか?

 彼氏とか彼女を作ったら、大人なんだろうか?


 うん。ボクにはまったくわからない。


 そんなわけで――ボクは今、一人で校舎の屋上にいる。

 つい数ヶ月前までは小学生で、昼休みはサイコーに楽しかった。

 だけど、今のボクは一人だ。


 これは、もしかしてアレだろうか?

 不登校とかになったりする、第一歩だったりするんだろうか?

 人と考え方が違うボクは、これから学校がキライになったりするんだろうか?


 そんなことを考えながら、ボクはボーッと空を見上げる。

 そこには白い、昼間の月が見えた。


 月って、昔からずっと変わらないよなぁ。

 考えてみれば、ボクが小さい頃から、月はずっとあそこにある。


 月はたぶん、良いヤツなんじゃないかと思う。

 だってボクが生まれてから、月はずっとあそこから見守ってくれている。


「月って、めちゃくちゃ良いヤツじゃん……」


 ボクはそうつぶやいてみた。

 だけど誰も聞いていなかった。

 屋上には、ボクだけのための生ぬるい風が吹いている。


 ♪


 その時――どこからかヘンな音が聞こえてきた。


 何の音だろう?

 誰かのケータイの、着信音?


 でもそんなのは、ボクには関係ない。

 スマホなら持ってるけど、誰からもかかってこない。

 腕時計を見ると、そろそろ昼休みも終わりだった。


「さて……教室に戻るか」


 またひとり言をつぶやき、ボクは屋上の出入口に向かう。

 ドアを開け、薄暗い階段を下りようとした時――階段の踊り場に、誰かが立っているのが見えた。


 ♪


 制服を着た、女の子の後ろ姿。

 その電子音は、どうやらその子から聞こえてくるようだ。

 今度は、曲名がわかる。


 これは、アレだ。

 小学校の頃、校内放送でたまに流れてた『英雄ポロネーズ』。


 ん?

 階段を下りかけていたボクは、そこで足を止める。

 あの子――なんだかヘンだ。


 校舎の三階と屋上をつなぐ、短い階段。

 その薄闇に立つ彼女の前に、何か四角い、七色の光が見える。


 それは……一枚の空間スクリーンのようなものだった。

 まるで壊れたテレビのような、ブロックノイズ。

 古いゲーム機にカセットを入れると、たまにあんな画面が出る。


「何だ、あれ?」


 思わず、ボクはそう声を出してしまっていた。

 するとその子が、ハッとこちらを振り向く。


 ボクたちの――目が合った。


 あれは……同じクラスの、平尾ひらおあずみさん。

 え?

 なんかめちゃくちゃ怖い顔をしてるんですけど……。


 平尾さんは、ボクのとなりの席だ。

 一度も話したことはないけれど、いつもおだやかでやさしい顔をしている。

 普段は、あんな顔をする人じゃない。


 ボクと彼女が見つめ合っていると、ブロックノイズが静かに消えていく。

 その光が消えると、平尾さんは逃げるようにして、そこから立ち去っていった。


 ボクは首をかしげる。

 今、ボクは、不思議なものを見た。


 今のは、一体何だったんだろう?

 って言うか、平尾さんは、こんなところで何をしてたんだ?

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