第26話 姉妹
「ほら、座って座って。いつも作りすぎちゃって余ってるから、遠慮しないでね」
「……ども」
リアが優しい笑みを浮かべて言うのに、俺はそっけなく返すばかり。正直慣れない感覚で、愛想よくすることさえできやしない。けどリアは気にしたそぶりもなく、食事の準備を進めていた。
母親って、こういうものなのだろうか。
「ん?」
どこかむずがゆさを覚えていると、視界の端で桃髪が跳ねた。
思わず視線を向けてみると、ニフェルとよく似た桃髪の、ショートカットの女の子がいた。ニフェルより一回りか二回りか小さいのを見るのに、例の妹だろうか。見たところ12、13歳あたりに見える。
その子はリビングのソファにいて、背もたれに手を置きこちらをじっと見つめている。見ていて面白い顔でもないと思うが、何かついているだろうか。
なんて思っていると、その小さな唇が不意に動いた。
「姉ちゃんの彼氏?」
「彼氏⁉ ち、違うよ! そんなんじゃない!」
「えー?」
なるほど、特段俺の紹介はしていなかったらしい。
そりゃ確かに、姉が突然見知らぬ男を連れてきたら彼氏だとかなんとか邪推するのも分からない話じゃない。が、むろんそんなものではない。
「ク、クロトさんは、お姉ちゃんの仕事仲間! い、いつも寂しそうにご飯を食べてたから誘ってあげたの!」
「でも、そういうのって好きでもない人にはしないでしょ?」
「っー⁉ そ、そんなことない! 慈悲! これは慈悲だから!」
ニフェルは顔を真っ赤にして妹に怒鳴りつけた。なんか、今の一瞬で力関係がうかがえたような気がする。
「ニフェル、ミオ、お客さんの前で恥ずかしいでしょ?」
「はーい!」
「だ、だってミオが!」
「ニフェル、お姉さんでしょ? 言い争わないで」
「……はい」
ニフェルはおとなしくなって肩を落とし、静かになったかと思うと今度はお前のせいだと言いたげな視線でこちらを見てきた。いや、俺を呼んだのはそっちだからな?
面倒くさくて目をそらすと、今度はミオと呼ばれたニフェルの妹と目が合った。ちらと振り返るとニフェルは不貞腐れたのかダイニングテーブルの上で突っ伏している。客人を招いておいてどういう了見だと問い詰めたいのはやまやまだが、ミオが手招きをしてきたのでそちらに向かう。
ソファを迂回してミオの前まで行くと、自分が座った席の隣をたたいた。座れ、ということだろうか。
指示に従って座ると、今度は頭を下げて身を低くした。目線で真似して、と訴えられたのでしてみると、口元に手を添えたミオが小声で話しかけてきた。
「本当に彼氏さんじゃないの?」
「違う違う。ニフェルが言った通り、ただの仕事仲間だ」
同じく小声で返すと、ミオは口を小さく開き、目を細めて疑うようなまなざしを向けてくる。口にはしてないが、えー、と落胆したような声が聞こえてきそうだ。
「だってここ最近、毎日楽しそうにおしゃれしてたんだよ? お兄さんに会いに行ってたんじゃないの?」
「ん? まあ、ここ数日はずっと一緒にいたな」
「じゃあ、絶対好きだよ、お兄さんのこと。鼻歌歌ってるお姉ちゃんなんて久々に見たもん」
いわれて、一瞬思考が止まった。なんというか、とてつもない暴露をされた気分だった。
いや、ニフェルが俺を好きと決まったわけではない。ミオの勘違いって可能性もある。何より、そうだったとして俺が慌てる理由にはならないはずだ。実際、ここ数日親切にしてもらったのも、好かれていたのなら説明になるだろうし……。
ただ、好かれるようなことをした覚えはないんだよなぁ。
頭を上げてニフェルを見ると、まだ机に突っ伏していた。机の下では足をぶらぶらと揺らしていて、せわしない。
……姉妹喧嘩を仲裁されただけでいじけるような子どもを好きになることはないな。
「そうだとしても、あんなおこちゃまは勘弁だ」
「やっぱり? 私もやめたほうがいいと思う」
身内びいきはしない主義らしい。
俺から言っておいてなんだとは思うが、もう少し優しくてもいいと思う。
なんて複雑な心境でいると、ミオの声音が変わった。
「でも、友達でいてあげて」
「ん?」
「お姉ちゃん、もうずっと友達がいないの。みんな、お姉ちゃんに意地悪してるみたい。一人ぼっちで、かわいそうだから」
それは、本気で姉を心配するような、不安の入り混じる声だった。下手をすれば今にも泣きそうなくらい揺れていて、目元も元気な下げに垂れている。
そういえば、
……何も、一人なのは俺だけじゃなかったってことか。
「ああ、わかった。俺でよければ、友達でいてやるよ」
「ほんと? じゃあ、約束してね」
「約束だ」
差し出された小指は細く柔らかかったけど、つかんで離さないような、そんな力強さを感じた。
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