第18話 期待

 哀れに思われるいわれはない。俺の人生は確かに不幸なことのほうが多かったかもしれないが、こうして生きている。やりたいことがすべてできているわけではないが、辛いってことはない。


「なあニフェル」

「ふぁい? ふぉうふぃふぁふぃふぁ?」

「悪かった、飲み込んでからにしてくれ」


 そう焦って返事しなくたってよかったのだが。そそっかしいやつだ。


 なんだか幼い子どもの面倒を見ているような気持ちになりながら、ニフェルが飲み込み終わるのを見計らって尋ねる。


「お前はどうして、こんなことをする。俺たちはもう他人も同然だ。よくしてもらう道理がない」

「それは……よくしてるってわけでもないので」


 ニフェルは言葉を迷っているようで、悩まし気に俯いた。


「私はただ、お礼とお詫びがしたいだけです。助けてもらいましたから。気が済まないからこうしてきてしまっただけで、優しくしてあげたいとか、そんな高尚なものではないと言いますか。前にも言いましたけど」


 昨日のように感情的にではなく、心の整理が出来ていたのか、冷静に言葉を並べる。


「私は怖かっただけです。私のせいで誰かが死にかけた、その事実が。それを払しょくしたくて、どうしたら許してもらえるかって思ったら、こうするほうがいいのかなって」

「……気は晴れたのか?」

「いえ、全く。クロトさん喜んでる風には見えませんし。それに、まだクロトさんの悪評は残ったままのはずです。出来れば私は、その誤解を解きたい」

「そうか。……ん? なんでそうなるんだ? 今の話、俺の悪評とつながりがあったか?」


 突然おかしなことを言い出すニフェルに聞き返すと、きょとん、と小首を傾げられた。


「だって、誤解じゃないですか。私を守ってくれたんです。悪い人なわけはありません。そんな人が悪い人だと思われ続けてたら、気が晴れるわけもないと思いませんか? 感謝してもしきれない、命の恩人のはずです。その、あんまり実感はないんですけど」

「まあ、見ようによっては、そうかもしれないが」

「ですよね。なら、恩人が悪く言われるのは気が気じゃない、はずです。どうして誤解されてしまったのか、どんな誤解が広がっているのかとかはよく分かりませんけどね。私、ちょっとだけ頑張ってみますから」


 にこり、とニフェルは微笑んだ。


 ますます分からない、このニフェルという女の子が何を考えているのか。

 たぶん、自分勝手なのだ。自分の中であれこれ悩んで、自分の中であれこれ答えを出して、自分の中で解決しようとする。だから俺には伝わらない。そうでないのだとしたら、俺はあまりに他人と関わってこなさ過ぎたのかもしれない。

 優しさとか、使命感でもないらしい。何か特別なことがあるわけでもなく、なんとなくで動いているかのような物言いをしていた。


 まったく意味が分からない。


 けど、嫌な気はしなかった。


「手伝いはいるか?」

「ふぇ?」

「当事者がいたほうが、色々とやりやすいだろ」

「で、でも、ご迷惑をかけるわけには……」

「どうせこの一週間は予定を開けてたんだ。暇になっちまったし、今日を入れてあと4日、付き合うぞ」

「……いいんですか? 私、てっきり恨まれてるのかと」


 不安そうに瞳を揺らしている。さっきまでのが虚勢だったと暴露するかのように弱気な目。でもたぶん、年相応の眼差し。


「不満がないわけじゃない。俺にとってだってペアパレードは大きなチャンスの機会だった。不意にして悔しいって気持ちはある」

「うぅ……」

「けど、それをニフェルひとりのせいにするほど大人げなくはない。……お互い失敗したんだ。慰めあったって、誰も文句は言わないさ」

「……そう、でしょうか」


 そう言ってはにかむニフェルはやはり、うら若き、可愛らしい少女の面持ちだ。

 こんな、何かに期待するような表情を、今の俺は浮かべることが出来るんだろうか。

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