第15話 お見舞い
慌て続けるニフェルに冗談だと伝えれば、今度は恨めしそうな目で見られてしまった。もとはと言えばニフェルが悪いのだし、そんな目で見られるいわれはないんだけどな。
「と、ともかく……。お腹、空いてませんか? お母さんと作ってきたので、味は保証しますよ」
「それ、自分は料理の自信がないって言ってるのか?」
「うっ……実際、ないですけど。と、とにかく! 食べるんですか? 食べないんですか⁉」
「ありがたくもらう、ちょうど腹が減ってたからな」
言えば、ニフェルは目元を垂れさせた。安心したような眼遣いに、なぜか頬が熱くなった気がして、目を逸らす。頬杖をついていると、ニフェルがバスケットの中を広げ始める。
「卵とベーコン、レタスのサンドウィッチと、コーンスープです。食べにくかった時のためにおかゆ用のお米も持ってきました。あ、あとデザートのゼリーもありますよ。食べたいものはありますか?」
見れば、机に広げられた料理は明らかに二人前。自分も食べる気満々らしい。まあ、ダメとは言わないが。
「ちなみに、ニフェルは何を手伝ったんだ?」
「サンドウィッチを作りました。味付けと切るのはお母さんがやってくれて、挟んだだけですけど」
「なるほどな……じゃあ、スープからもらうか」
「クロトさん⁉ そのあからさまに避ける感じやめませんか⁉ なんとなくわかってましたけど!」
「いいだろ、どれからもらっても」
「まあ、いいですけど……」
頬を膨らませて不満げなニフェルだが、しぶしぶといった様子でスープの入ったポットを取り出し、カップに注ぎ始めた。
なんか、こうしてみると何から何まで尽くさせてるみたいに見えるな。また変な誤解が広まらないといいが……。
「あれ、どうしたんですか?」
「紅茶とコーヒー、どっちがいい」
「へ? え、えっと?」
「なんで俺が客に茶も出さないやつだと思われてるんだ」
「そ、そうじゃないです! じゃあ、紅茶でお願いします! 砂糖と蜂蜜も!」
「急に遠慮が無くなるな……ああ嫌だめって意味じゃない。いいからおとなしくしてろ、いちいち慌ただしい」
また全身で謝りだしそうだったのであらかじめ止めておき、キッチンに向かう。蜂蜜なんてあっただろうか。
いや、去年かった気がするな。確か、調味料を入れてる棚の奥のほうにあった気が……。
「ああ、あったあった」
紅茶を出すのも久々だ。ひとりの時は、めったに飲んだりしない。それでも流石にやり方くらい覚えてる。
魔導ポッドに水を入れ、お湯を沸かす。あとは茶葉を入れておけば勝手にやってくれるから、難しいことは何もない。カップを探そうと食器棚に向かおうとして、足元がふらついた。とっさに壁に手をつくと同時、わずかに頭痛がする。
「っと、っと……魔力、まだ戻ってないのか」
昨日の戦闘で、魔力をだいぶ消費した。一晩経ったし大丈夫だと思ったが、魔導ポッドを付けるくらいの魔力消費でふらつくなんて……。いや、疲れていて当然か。負った怪我だって浅くはない。
ふさがった傷は、その分肉体疲労をもたらす。ポーションはあくまで自己治癒を強く促す代物だ。高価なものなら疲労を回復する効能も含まれているだろうが、万全ではない。
そして、その疲労を補うべく体は魔力を多く消費する。体液の循環を加速させ、細胞分裂を一時的に活性化させるのだ。
これも考慮すれば、俺の魔力がすっからかんなんて当然のことだ。
何度か頭を振って、思考がクリアになってから動き出す。カップをふたつ取り出して、魔導ポッドごとトレイに乗せる。蜂蜜と砂糖も一緒に乗せて、ニフェルのところに戻った。
「あっ、どうもありがとうございます」
「気にするな……そういや、俺は何で普通にもてなしてんだ。勝手に住所調べてアポなしで来たんだよな、こいつ」
「へっ⁉ 急に何を言い出すんですか⁉ い、今更出てけと言われても困りますよ! どうしてもと言うならご飯は持って帰ります!」
「いや、そうは言わんが」
普段の俺ならこんなこと許さなかった気がする。
今は何か、気が抜けているというか、油断しているというか。
「そ、そうですか? ……それは、安心しました」
俺が椅子に座るのを見ながら、ニフェルがそんなことを言う。
「安心?」
「へ? は、はい。追い出されずに済んでよかったなぁ、って。あの、おかしいこと言ってます? 私」
「いや」
「変わった人ですね。まあいいです。さあ、食べましょう! 食べて、元気になってください!」
「急にどうした、テンション高いな」
「元気づけてるんです! いいから元気になってください!」
「元気づけるって……」
口にしてどうするんだ、とか、お前ばっかり元気でも仕方ないだろ、とか。
いろいろ言いたいこと、あるんだけどな。
文句も不満も山ほどあるはずなのに、今は許してやるかって、そんな風に思ってて。ダンジョンにいたころに湧いてた怒りのすべてがどこかに行ってて。
ほんと、どうしたんだろうな、俺は。
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