第10話 3階層の始まり

 ニフェルが使い物にならないことが分かった。


「そ、そんなことありません! 防御力超上昇マキシマム・ガード・アップはBランク相当の魔物の攻撃を受けても痛くもかゆくもないんですよ! おかげで私はBランク冒険者4人のパーティーが逃げ帰ってきたダンジョンから、ボスの武器を盗んで帰ってきたこともあるんです! 私がCランクに上がったきっかけで……ああっ、帰ろうとしないで! 普通のバフも使えます! 使いますから……!」


 ニフェルによる必死の説得――では通用しないと理解したらしく取り出した契約書――で探索の続行を決めた俺たちは、3階層へと降り立った。


「ここから先は、多少魔物の強さも上がる。まだほかの冒険者も多くないだろうし……警戒していくぞ」

「はい」


 経緯はどうであれ、ダンジョンを探索するのなら油断は許されない。

 もちろん常に緊張感を保ち続けるのは疲労にもつながるので、気を抜ける場所では抜くべきだ。ただ、場所と実力に応じた場所では、適度に緊張感を保っておく必要がある。

 1つのミスが命取りになるような職業なのだ。警戒しすぎて損はない。


 構造は相変わらず似たり寄ったり。既視感があるような岩肌の道が、時々枝分かれしながら続いている。

 昨日は結局ちょっと進んだところでホブゴブリンを中心としたゴブリンの群れに遭遇して逃げ帰ったので、ここから先の道は分かっていない。


「でもなんか……静か、ですね。魔物がいない?」

「そうだな。昨日はもうこの辺にいたはずだが。ホブゴブリンを倒したし、散ったか?」


 可能性はある。リーダーを失った群れがバラバラになることが珍しくない。

 もしくは、昨日偶然この付近にいただけで、本来のテリトリーは別の場所、ということもあるか。


「ほかの冒険者が倒していった、って可能性もありますよね」

「あるにはあるが……魔物は一定周期で復活するからな。そうだとしたら、少し前にここを通した冒険者がいるはずだ。このまま進むと、狩場の奪い合いになりかねない」


 かつて、ペアパーティーという催しが始まる以前、ダンジョン内での魔物の取り合いは一番の争いの原因だった。それが発展して殺し合いになったこともあり、現代においても避けられる傾向にある行為。


「まあ、私たちの目標はより深い階層まで行くことですから。魔物の取り合いをしなければいいだけですよ」

「それはそうだが……勘違いされるのも面倒だ。正直、避けたい」

「そこらへんは、遠回りするなりして会わないようにしましょう。出来れば今日中に4階層を見ておきたいです」


 ペアパレードは全部で一週間。今日2日目で3階層。もし明日4階層を探索するとして、同じペースで進んでいると7日目でようやく8階層ということになる。そうなってしまうとニフェルの目標である10階層へたどり着くのは難しくなってしまう。

 ニフェルとしてもそれは分かっているはずなので、少し急ぎ足になるのも無理はない。


 が、


「焦っても仕方ないぞ。さっきの戦闘だって、俺が結局ひとりで終わらせたみたいになったからな。このまま連携の練習も出来ずに進んでいくと、いざって時に何もできない」

「それは、分かってます。けど……のんびり、していられないんです。まだ簡単な、浅い層のうちに無理したいんです」


 振り返ることないままそう言って、ニフェルはますます早足になる。さっき転びそうになったのを、忘れたのだろうか。


 ニフェルの顔は前を向き、その足取りに迷いはない。ひんやりとした洞窟の中を、それを感じさせない熱量を胸に秘めて進んで行く。ごつごつとした地面を踏みしめ、岩肌に手を付けながら慎重に前方を伺った。


「一応、近くにはなにも無さそうですね。このまま進んで行きましょう」


 有無を言わせない様子のニフェルに、俺は思わず肩を落としながらもついて行く。


 ……もし何かあったらこいつを置いていこう。どうせ防御力上昇で耐えられるだろうし。

 そんなことを考えながら進むことしばらく。ニフェルが足を止めた。そのままその場にしゃがみ込み、視線を下げる。


「足跡、ですかね。靴っぽいし、人間のものだと思います」

「ん? どれだ?」


 ニフェルが指差した先に、確かに靴底のような形の足跡が見えた。地面のほとんどが岩肌だと思ったが、ここは湿っぽい土、と言うよりは砂利のようなものが敷き詰められている。

 屈みこんだ頬を、少し冷たい風が撫でた。


「水辺が近いな」

「え? どうしてです?」

「普通、こんな地下まで来てこんな細かい砂利なんてありはしない。あるとしたら、地下水か何かで削られた場合だ。それに、この辺はさっきまでより一層肌寒い。それが証拠だろう」

「なるほど。……前から思ってたんですけど、もしかしてクロトさんって賢いんですか?」

「逆に今までどうだと思ってたんだ?」


 俺が横目を向けるのも気にせず、ニフェルは考え込んでいる。

 この先が水源なら、今まで通りに進むのは難しいだろう。だからどうするかを悩んで――


「水辺に砂利があるのって、長い時間をかけて削れるからですよね? 形が変わったばっかりのダンジョンなのにそんなことあるんですか?」

「は? いや、ダンジョンはどんな姿にでもなれて……」


 本当に、そうなのか? ダンジョンは魔力の流れの変化に寄って構造・・を変化させる。出現する魔物の数や種類も変化する。だが、砂利は構造・・のうちに入るのだろうか。

 もし、そうでないとして。


「クロトさん? 私、ちょっと様子見てきますね」

「ん? あ、ああ、好きにしていいぞ、ちょっと考えてる」


 水辺の存在がずっと変わらないものだったとして、その部分だけが変化しないものだったのだとして。そんな場所があり得たとして……確か、ダンジョン内に発生する水たまりについて何か言われていたことがあったはずだ。

 何か、危険なことについてだったような気がする。


 なにか――


「ク、クロトさん!」


 ふいに話しかけられて思わず視線を向けてしまった。

 ニフェルは視界の中にはおらず、進んだところで声を上げたらしい。

 喉元まで出かかっていたものを、ニフェルの大声によってのみ込んでしまった。


「なんだよ。今、ちょうど思い出せそうだったのに」

「ひ、人が!」

「人がどうした? いたのか?」


 確かにそれは問題だ。狩場が被るのは混乱のきっかけに――


「違います! 死んでるんです!」

「……なに?」


 3階層で? ここはまだ、そんな危険な階層じゃない。ペアをランクごとで組ませている以上、少なくとも片方はCランク付近。こんな場所で苦戦するわけがない。

 余程油断をしていたか、予想外の集団に襲われたとかでもない限り。


 腰元の剣に手をかけながら、ニフェルの声がしたほうへと向かう。

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