『焼肉戦争はロリィタの香りで終わる』

鈑金屋

■第一章:序章 ~焼肉会場の門をくぐるとき~

「ふう……」


 鏡の前で一つ息を吐いて、有栖川ありすがわらんは自分の姿を整える。白磁の肌に似合う真っ白なブラウス。立ち上がったハイネックには繊細なスカラップレースが縁取りされ、胸元には小さな薔薇の刺繍。上に重ねたネイビーのジャンパースカートは、重厚なゴブラン風の織り地で、金の小さなボタンが光る。裾には手縫いのケミカルレース。小さなブーケが散らされたその模様は、遠目にも品格を放っていた。


 膝までの白いオーバーニーソックスには、足首に向かって小花の刺繍が連なり、靴は丸みのあるトゥのストラップシューズ。カチューシャにはネイビーのリボンとパール飾りを添えて。白手袋まで装着すれば――完璧なロリィタ姿。


 だが、今日の舞台はティールームではない。


「焼肉…会……」


 蘭は緊張の面持ちで、会場の重い扉を開いた。


 そこは、厚い煙と肉の香ばしさに満ちた、戦場だった。


 すでに何人かのロリィタたちが着席していた。薔薇柄の甘ロリ、カジュアル寄りのアレンジ、エレガントな黒ロリ。その中央に――


「うおーッ! とろける〜! このカルビは神かッ!?」


 網の上に肉をどんどん投下し、トングを振り回している少女がいた。


 ピンクのフリルまみれ。膝上のジャンスカ。大きなリボン。いかにも甘ロリ……なのに、まるで肉の妖精のように焼き場を仕切っている。


「……っ!」


 蘭の目は釘付けになった。


 その子の名は、鬼頭まな。焼肉ロリィタ会、参加3回目の“肉王”。


 そして、蘭の運命の相手だった。

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