第14話 生徒代表と副代表

 カレッジで毎年秋口に行われる、ファンテラ祭。

 学校外からも客を招く、大イベントだ。

 新任のカレッジヘッド達にとっては、初めて運営を任される行事となる。


 1年から3年までのプリフェクトたちは、このファンテラ祭で演劇を披露することになっているという。そして、新しく選ばれたプリフェクトに、その主役の座が与えられる。


 自薦・他薦は問わないらしいが、まずは立候補した者の中から配役が選ばれる。

 僕はもちろん、立候補はしなかった。

 過去に学祭の演劇に強制的に参加させられたことがあった。

 その時には女役で、とても面倒なことに巻き込まれたのだ。

 だから、今回は最初から裏方に回ると決めていた。


「なんだ、君は出ないのか」


 様子を見に来たジョシュアは、不満そうに黒板を見ている。

 主役に選ばれたのは、ルイだ。

 やはり主役は女役な上に、役どころは姫のようだ。

 ルイは背が高く、体格に恵まれているけれど、相手役が更に輪をかけて身体の大きな人だから、女役でもそれほど違和感はないはずだ。


「ルイと言ったっけ? あの子もきれいな顔立ちをしているから、きっと似合うだろうね」


 ジョシュアは一人でそう結論付けて、うんうんと頷いている。

 僕は、どうやら舞台装置である背景画の担当の1人のようだ。

 絵を描くのは好きだから、僕にとっては嬉しい配置だ。


「君の女装が見られないのは残念だけど、個人的に見せてもらえればそれでいいや」


 どうして僕が、女装をする前提になっているのかは定かではないが、頼まれても断るつもりでいるから特に問題はない。


 ジョシュアは僕のそばから前に移動し、黒板の前に立つ。


「では、このメンバーで決まりだ。よろしく頼むよ」

「はい!」


 その段になって気付いたが、このプリフェクトの演劇のまとめ役が、ジョシュアのようだ。中心者であっても、口出しせずに自主に任せる辺りが、デクスター・カレッジの気風に合致している。

 さすがは副代表だ。

 時折疑わしく思うことはあるけれど、やっぱりそれだけの力はあるのだろう。


 僕は、黒板の前に立ち、ジョシュアと握手をするルイを目に止めた。

 僕の知る、優し気な笑みでジョシュアに向かい合い、今後のことについて話しているようだ。


 前は僕にも、あんな笑みを向けてくれていた。

 でも今は、すれ違っても挨拶は返しても、笑みを向けてくれることはない。

 一体何が良くなかったのだろう。

 僕が悪いのは決まっているが、何がどう問題だったのかは未だにわからない。

 打ち負かしたくなるくらいの何かを、僕はしでかしたのだろうけれど。

 僕は、配置が読み上げられる度に拍手をしつつ、ルイの様子を窺っていた。


「おー、ノアと一緒か」

「君って、絵も得意だったのか?」


 同じ大道具担当の人たちと集まり、互いに挨拶を交わす。

 僕は知らなくても、相手は僕のことを既に知っているようで、少し気まずく思いながら名前と顔を覚えていった。


「たしか、セオドフのファグなんだっけ?」

「いや、マシュー先輩のじゃなかったか?」


 図案を決めている最中に問われて、僕は答えに窮する。

 はっきりファグじゃないというべきなのはわかっているが、そうなるとまた質問攻めにあう気がする。

 どう答えるのがいいのかと逡巡していると、突然後ろから肩を組まれる。


「ノア君は、僕のファグだよ」


 全員が慄くのを目にして、僕は身体を強張らせる。

 声で誰なのかすぐにわかり、振り返るのが怖くなった。


「ね、ノア君」


 ジョシュアはにこにこと笑いながら、僕に同意を求める。

 ここで、そうだと答えればファグを承諾したことになってしまう。

 否定したくとも、はっきり言ってしまえばジョシュアに恥をかかせることになるだろう。

 副代表にそんな思いをさせられない。

 だが、ファグにされるのは困る。


 ぐるぐると脳内でめまぐるしく考えていると、周囲が息を呑む気配がする。

 今度は一体何がと思い、僕は横目で見た。


 そこにはもう一人、冷めた目つきで僕たちを見ている人物がいた。


「ジョシュア、時間だ」


 心地良いテノール。

 深みのある落ち着いた声。

 だが、この人が発すると、なぜか身が竦む。

 僕だけかと思ったら、周りも固まったまま動けないでいる。


「ああ、ごめん。探させちゃったかい?」


 ジョシュアはパッと僕から身を離し、その人物の元に駆け寄った。


「演劇の件は済んだのだろう?」

「うん、あとは任せて大丈夫そうだ」


 二人が揃って教室を出て行き、その場に居合わせた人の間からホッとしたような吐息が漏れる。


「焦ったあ」

「あれが生徒代表か。初めて近くで見たよ」

「やっぱり威厳があるよな。格が違うって言うか」


 僕も、同じ意見だ。

 生徒代表の、フェリル・オースティン。

 代替わりしたばかりの代表は、その眼差しだけで周囲を威圧する。

 副代表であるジョシュアでは及ばない何か。

 恐らくその差が、二人を分け、彼を生徒代表にした。

 それぞれ任じられた経緯を詳しく知らない僕でさえも、二人の差を肌で感じる。


「サボってないでやりますか」


 大道具の取りまとめがそう言って、全員で図案に再び目を落とす。

 生徒代表の登場のおかげで、僕のファグの件をみんな忘れたようだ。

 僕は、内心その点にもホッとして、作業を始めた。


 ただ、一つだけ気にかかったことがある。

 これは、偶然なのだろうか。

 前にも、ジョシュアに絡まれている時に、代表が姿を現した。

 もしかしたら、ジョシュアの行動を止めに来たのかもしれない。

 忙しそうな彼が、たまたま通りかかるとは思えない。

 おかげで、僕は助かった。


 僕の為ではないにしても、間接的に助けられたのは事実だ。

 面接の時に向けられた、あの眼差し。

 思い出すだけできゅっと胃が熱くなるが、今は感謝したい気持ちだ。

 お返しすることは僕の力量では無理だろうけれど、感謝の念は忘れまい。

 僕は、絵筆を握り、今度こそ作業に集中した。

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