シモン中央学園の問題児達は斯く語りき
糸又 字四
「どうかsenseiと発音してください」
勧誘という名の脅迫という名の強制
――――シモン中央学園・総合運動場/昼――――
シモン中央学園の総合運動場に、或る新任教師が立っていた。
ドーム状の硝子で曇天の小雨は防がれ、さぁさぁとした雨音と湿った空気だけが蔓延していた。
「では改めて、本日よりこのクラスの講師になった
その教師は目立つような特徴がないくたびれたスーツとコートを着ており、ツンと伸びた灰色の髪と獣耳を生やした、道を歩けばどこにでもいそうな男性である。
強いて言うならば、影がある男性で、その服は随分と使い古されたと言えるだろうか。
彼が肩から下げているアンティークで巨大な、使い古されて年季の入ったトランクを地面におろすと、土埃がすこし巻き上がった。
そして彼は、さながら日常会話のように肩の力を抜いてこう言った。
「自己紹介も終えたから、全員今から殺し合おうか。好きな戦い方をして殺し殺されるように」
奇しくも、十人十色で個性的な生徒一同の感情が一致した、後にも先にもないであろう、稀有な時間だった。
後にこの訓練が校内中で話題のタネになったのは言うまでもないだろう。
――――アルビオン王国・路地裏の隠れた喫茶店/昼――――
場面は変わって、数日前の話になる。
春の芽吹きが残っている街道のアルビオン王国、王都の路地にひっそりと隠れた喫茶店にて、女性が一人の男を待っていた。
その喫茶店は大通りから少しばかり離れた位置にあり、落ち着いた店内と人の少なさからリラックスできる、知る人ぞ知る名店である。
その喫茶店の窓越しにでもわかる程に美人で、絵になる人物。
腰丈まで伸びた緑白色の長髪に前髪テール、足首まで隠れるほど長いスカートに鋭利に尖った耳。俗に言うエルフという種族だ。
彼女の長髪は温かな太陽光を反射させており、ここに画家がいるのなら直ぐにでも筆を取るだろう。
我が後輩ながら随分とまぁ美人に育ったものだと、僕は少しばかり誇らしくなった。
育ててもいないのにそう思うのは、思い違いも甚だしいが。
湯気の立っていない、冷めたであろう紅茶を飲んで一息つく。
彼女の名前はセフィラ・ソフ・オウル、僕の卒業大学であるシモン中央学園の現学園長であり、僕の大学時代の後輩である。
セフィラと出会ったのは、僕と彼女がまだモラトリアムな期間、つまり大学生だった時。メガネをまだかけていた頃だ。
大学生時代でも将来有望と持て囃されていたが、まさか学園長までになるとは思わなかった。
からんからんと、僕が扉を開くとドアベルが鳴り響く。
積み重なった歴史を感じられる木製の床を歩きつつ、ツンと珈琲とタバコの匂いを感じた。
彼女の座っている席に座りながら挨拶代わりに謝罪をする。
こんな僕を待ってくれた労いを込めて謝罪をしよう。
「すまない後輩、列車が遅れてしまってね」
「ご安心を、
「というかよく僕を見つけられたね後輩、どちらかといえば僕はそちら側に驚いているんだけどね⋯⋯」
「大学卒業以降は音信不通でしたからね、生きているのかどうかもわからないの人を探すのは苦労しましたよ」
「仕方が無いだろう、僕にも事情というものがあったんだ」
「ではその事情というのを話してもらうことで許してあげましょう」
「別に変な事をしていたわけじゃないさ。君なら話せるから言うけど、アルビオンを離れて仕事をしていただけで――――――
しばらく雑談を挟んだ後に、僕は本題に入ることにした。
「さてセフィラ後輩、そろそろ聞きたいことがあるんだがいいかな?」
「何でしょうか先輩、答えられるものだったら答えますけど?」
「どうして僕を探していたのかな?」
僕は諸事情により大学卒業後、完全に音信不通だった。
それは卒業後、やるべき事が出来たりや仕事の都合で各地を転々と移動する必要があったからだ。
あまりに急遽決めたものだから友人に言えず、客観的に見れば失踪そのものにしか見えなかっただろう。
そしてその仕事は真っ当なものではなく、正当なものではなかった。
人を殺して金を貰ったり、人を殺して情報を貰ったり、人を殺して明日の飯を保証する日常だ。
当然そんな仕事をしていれば人の恨みを買う。
大特価安売りセールだ、買いたくもないのに押し売りされる、更に返品不可と来た。
返したくても返せないので、基本的には暴力的に叩き返すしかない。それが裏社会や暗殺業の掟である。
だがこの後輩は、そんな僕の思いやりをガン無視決め込みやがって僕の居場所を特定した。
それならばそれ相応の理由があるはずだ。
そう勘ぐっていると、彼女は、後輩は、セフィラは、僕の瞳をまっすぐ見つめてこう言った。
「単刀直入に言いましょう立花先輩。シモン中央学園の教師になりませんか?」
そう言ったセフィラの瞳は誠実で、それでいて情熱的な真摯な視線だった。
年功序列ではない敬意や長年の付き合いによる信頼、その視線は僕にはあまりにも重すぎるものだった。
なので僕はこう言うことにした。
「―――――僕、帰るわ!」
「やだぁぁぁぁあ!待って下さいぃぃぃぃいい!」
セフィラは僕の腰をがっしりとホールドしながら、何が何でも逃さないと言わんばかりに僕を引き止めた。
くそう、学生時代よりも筋力がついていやがる。あの頃はあんなにひ弱だったのに。
というか、どうしてそんな頼み事が僕に舞い込むんだ。嫌だ、絶対に嫌だ、お偉いさんの面倒事に巻き込まれるのだけは嫌だ、僕は根無し草のままでフラフラ生きていくほうが性に合っているんだ。
何が悲しくて教師という聖職にならなきゃいけないんだ、こんなやつに子供を任せる親の身にもなってみろと僕は言いたい。
絶対に親御さん不安になるだろ、こんなやつが教師とか。
「絶対に断る!どう考えてもそれは面倒事だろう!?」
「シモン中央学園の教師という安定した職業が欲しくないんですか!?」
「そう言われると否定できないんだけどさぁ!いらないとは言えないんだけどさぁ!」
当然として、シモン中央学園の教師というのは安定している上に給料が良い。なにしろアルビオン王国直々の研究機関である魔術学会の学者が直々に教えるのだ。
今の僕の仕事は不安定であり、そしてなにより過酷な肉体労働という訳でもない
未来ある子どもを育てるというのは、それはそれは輝かしい仕事だろう。
「だがそれはそれでこれはこれだろう後輩ぃ!まずは理由を言え理由をなぁ!?」
「単純に人材の不足です!10年くらい前に起きた戦争で徴兵された教員の殆どが死亡したからです!あと不良生徒を集めたクラスの教員が見つからないんです!」
「そうかい!ならば僕の先輩を頼るといいさ!あの人は学会の中でも一番と言っていい知識量があるからね!」
「あの人は魔術学会出禁になってるから無理です!!」
「何やってんだアイツ!!!」
何をしでかしたんだあの人は。
いや、それはいい、いやまぁ気になるには気になるんだが一旦横に置いておこう。
そうしないと話が進まない。
「先輩じゃなきゃダメなんですよぉぉぉ⋯⋯⋯!」
「ぐぅ⋯⋯⋯」
そのあまりにも悲痛な声に、僕は少し心が揺れた。
どうしてここまで必死なのか、なぜそこまでして僕にこだわるのか、一体全体わからなかった。
そしてしばらくの攻防の後に、セフィラはやっと僕の腰から離れて、そして肩で息をしつつ口を開いた。
「⋯⋯仕方ありませんね、この手段はあまり使いたくなかったのですけれど、そこまで強情ならば使わざるを得ません」
「そうかい、如何んせんこうなった僕は梃子でも動かないつもりだけど?」
そう言うと、彼女は一息ついてから僕に一枚の書類を見せた。
「ここに先輩の前職の証拠があります」
――――なんてことしやがったこの後輩!?
いや、待て、いったいどうやって手に入れた。簡単に正体がバレるような生半可で中途半端な仕事はしていないはずだ。落ち着け、ブラフの可能性を考慮しろ。動揺するな慌てるな。
「えぇそうですよ⋯⋯とんでもなく苦労して手に入れたんですよ先輩⋯⋯腕の良い探偵がいましてねぇ⋯⋯」
「ぐぅ⋯⋯!」
本当になんてことしやがった、この後輩。
「で、どうするおつもりですか?」
彼女は勝ち誇った顔で、机に置かれた書類の上に万年筆を置いた。僕は冷静を装っているつもりだが、じわじわと冷や汗が流れているだろう。
クソッ、大学生時代より交渉の悪辣さが上がってやがる。ここ10年で何があったんだこの後輩、少なくとも僕よりかは平穏な生活をしていただろうに。
「う⋯⋯ぐ⋯⋯⋯き、給料は?」
「ボーナスも有給も出ます」
「⋯⋯部屋は」
「もうすでに手配してます」
「食事は?」
「食堂でおかわり自由です」
「⋯⋯⋯⋯」
――――結局、僕は折れた。
いくらなんでもここまで決定的な証拠に加え、こんなに魅力的な提案をされて断れるはずがなかった。
だって誰だって欲しいだろう、ボーナスと有給。
僕が要求を飲んだ瞬間に、セフィラは満面の笑みで意気揚々とした雰囲気に変わった。
「よっし二言はないですよね先輩ぃ!やっぱ無しはダメですからね!」
「受け入れた瞬間に意気揚々とするんじゃないよ後輩⋯⋯」
「ちなみにこれでも拒否するつもりならこの証拠を上に報告するつもりでした」
「よし今から僕は教師になろう後輩だからやめてください勘弁してください」
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