第2話 カフェ

ある日の事です、定休日明けの平日、ランチタイムまえのこと


いつものように・・・(好ましくないが)ノーゲストで半ばボーっとしていると


ピンポ〜ン、無機質なドアベルの電子音が聞こえてきました。


程なく店の内扉が開き痩せ型の若くない女性が無言で入ってきました。


この店ではあまりない時間帯の来店のせいですこし慌てながら私は


「いらっしゃいませ。」心地よいであろう声量と音程を心がけたつもりで・・・


女性は席に向かわずに店内を見渡すように立っていました。


「空いてる席にどうぞ。」そう言って席の方へうながすと


ほんの少しの間があって


「おにぎりのテイクアウトがしたいんです。」


そして少し早口で女性は話し始めました。


「主人が胃が悪く、入院していておにぎりがほしいと云うので・・・」


いまさらですがカンの悪い私は


「焼きおにぎりのメニューは有るのですがテイクアウトでのご用意はできないのですが」と言うと。


「焼きおにぎりではなくて、白いおにぎりでいいんです、おにぎりならば食べられるって・・」


何となくですがやっとすこし理解できた私は


「すこしかためのご飯ですがよろしいですか?おいくつごよういしますか?」


すると女性はすこし急いだ感じのそぶりで


「主人はかためのご飯が好きなのでお願いします、一つでいいんですひとつだけ・・・」


「わかりました急いでお作りします」


一つと言われたものの、あまりにも格好がつかないので


大人の口でひと口かふた口くらいの小さいおにぎりをラップでくるんで2つ、小さな食品パックにいれてお渡ししました。


すると女性は


「おいくらですか?」


「メニューにもないのでサービスでいいですよ」


「無理なお願い聞いてもらったしそういうわけには・・・」


お茶碗半分くらいのごはんの原価っていくらぐらいだろう・・・せいぜい十数円だと思います。


「では・・・」


「消費税込みで108円でどうでしょう?」


あろうことかお客様に質問形で答えてしまった・・・汗


女性は「それでは申し訳ないです。」


「いえ、ご飯だけでそれ以上は頂けないです。」


そうしてお会計を済ませ、女性は店を出ていきました。


女性のご主人の具合はそうとう悪いのかも知れません、ひょっとして”最後の・・・?”


そこまで考えかけて私は思考を強制終了させました。




数カ月後の午後、その女性は再来店しました。


お一人で、今度はテイクアウトではなく店内飲食で。


もともと職人気質でお客様を覚えておくのがあまり得意ではない私ですが、印象的な出来事だった事もありすぐに分かりました。


ですが事情が事情ですし、なんと言っていいのか分らず、気づかないようなふりで普通に、普通に接客に努めましたが・・・内心気がかりで仕方なく、ですが普通に・・・汗。


それからは何度かご来店されていましたが、ある日「今度、東京に帰らなければならなくなりました」と、とても寂しそうにおっしゃって、その後来店することはなくなりました。


お客様のお辛いところには触れず何も無かったように接客する事を心がけていたのですが、あの寂しそうな表情を思い出すと、あれで良かったのか今でも考えさせられます。

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