第19話 再会


 ジョーが立ち去ってから、エルザはヨロヨロと起き上がった。


 そして、痛い身体を引きずりながら、厩舎へと向かった。


 とりあえずの危機は脱したものの、これからの帰り道、どれだけの苦難が待ち受けているかわかったものではない。なにせ、往路であれだけの出来事があったのだ。復路が何事もないなんて、とても考えられなかった。


 エルザはとにかく疲れていた。


 なんとか厩舎にたどりついたものの、馬に乗るのも一苦労である。


「はぁはぁ……もう限界。でも行かなくちゃならないのね……」


 エルザは一瞬、セラスが薬を持って帰っているのだから、自分はもう、その辺の草むらに倒れ込んで休んでもいいのではないかと思った。なにせこれだけの災難に遭ったのだ。誰もエルザを責めることはないだろう。


 だがエルザは馬に乗った。身体が痛くて涙が出たが辛抱した。そして、力なく馬の腹を蹴った。


 カポカポと、頼りない足取りで馬は進む。エルザは馬の鬣に額を付けながら浅く眠った。馬はそんなエルザを乗せながら、カポカポと、ゆっくり街道を進んで行った。


 それからどれだけ眠ったのだろうか。馬がガクッと揺れた拍子に、落馬しそうになったエルザはようやく目を覚ました。


「ああ、軽く目を閉じるつもりが熟睡してしまったなんて……ここはどのあたりなのかしら……」


 エルザが周囲を見回すと、結構な数の死体が転がっている。


「ここで戦闘でもあったの?……」


 エルザが馬上から見たところ、戦闘があってから、しばらく時間が経過しているようだった。


「もしかしてセラス様が戦闘したのかもしれないわね」


 エルザは念のため、セラスらしき人物がいないか確認して回ったが、それらしき人物は見当たらなかった。エルザはホッと、胸を撫でおろす。


「少し寝て元気が出たわ。さあ、馬ちゃん、カリストまで飛ばすわよ!」


 エルザはそう言うと、馬首を撫でた。そして、カリストへ向かってスピードを上げた。


 エルザがカリストに着いたのは、日が暮れる直前だった。街の入り口には騎士団と思わしき団体が陣取っていて、出入りが難しそうな状況である。


「困ったわね、一体何の騒ぎかしら?」


 エルザは街に入りたくてウロウロしていると、目の前で手を振る男がいる。


「エルザ! おい、こっちだ!」


 暗い中、エルザが目を凝らすと、騎士団の人々を掻き分けて、こちらに向かってくる男がいた。エルザは思わず馬から降りて、地上へ立った。


「リース! どうしてここに?」


 するとリースは笑顔で馬の手綱を受け取ると、馬を引き始めた。エルザもリースの後をついて歩く。


「君たちのことが心配で、迎えに来たってわけさ」


 エルザは食い気味にリースに詰め寄った。


「じゃあ、セラス様は? それとエイミーは無事なの?」


 するとリースはエルザの背後に視線を送ると、ニコリと笑った。そして、その返事はリーズからではなく背後から聞こえたのである。


「もちろん無事だぞエルザ!」


 エルザが振り返ると、そこにはセラスが微笑んでいた。


「セラス様っ!」


 その瞬間、エルザとセラスはガバッと強く……強く抱き合っていた。エルザは泣いた。


「よくぞ……よくぞご無事で……」


「お前こそ……生きていて良かった!」


 するとエルザにつられてセラスも背中をしゃくり出した。二人の女が抱き合って、オイオイと泣いている。


 だが、泣くのも無理はない。女二人で経験した苦難を思い返せば、いつ死んでもおかしくなかったからである。


「もし、お前が死にでもしたら、私は死ぬまで後悔したかもしれんぞ」


「何言ってるんですか……私は大丈夫だって言ったでしょう」


 二人は泣きながら、ハハハと笑った。


「お二人とも、私のことはお忘れですか?」


エルザが顔を上げると、そこにはエイミーの姿があった。


「ああ、エイミー! 無事で良かった!」


「エルザさんこそ、ご無事で!」


エイミーは二人の間へ飛び込んで行って、三人で強く抱き合った。


「それにしても道中大変だったでしょう。街道を走っていると、途中で戦闘の跡を見かけましたよ」


するとエイミーがニンマリと笑ってエルザの後ろを指差した。


「その秘密はほら、エルザさんの後ろを見ればわかりますよ」


 エルザが振り返ると、なんとそこにはメイスが立っていたのだ。その時のエルザの驚きようといったらなかった。


「メ、メイス様!? ご無事だったのですか!」


 するとメイスは大きな口を開けて笑った。


「エルザ、お前、私が死んだと思っていただろう? ところがどっこい、私はしぶといんだ」


「いえいえ、そんなことは!」


 エルザはメイスが死んだと思っていたが、一応否定した。するとセラスはエルザから身体を離して笑った。


「無理をするなエルザ。私もてっきりメイスがやられたと思っていたよ。なにせ、あの黒い戦士だけが追ってきたのだからな」


 セラスはそう言って、チラリとメイスを見た。


「メイスはな、あの黒い戦士との戦いで谷底に突き落とされたらしいのだ。メイスはそこから、なんとか這い上がってきたらしいのだが、馬を失って歩くしかない。ところが不思議なことにな、草むらの中で一頭の馬を見つけたって言うんだ。そんなことって普通あるか? そしてメイスは馬に乗って、我々を追いかけて来たというんだ」


つまり、メイスは象使いが残していった馬を、うまく見つけたわけである。


エルザはその話をウンウンと頷いて聞いていた。


「それでなエルザ。お前と別れてから、エイミーと街道を馬車で駆けているとな、十人ばかりの盗賊に襲われたのだ。私も必死で戦ったが、何せ数が多い。とうとう、盗賊に斬られるかと思った時、メイスの円盤型爆弾が飛んで来たのだ。それはもう、驚いたのなんのって、もう言い表す言葉がないくらいだ」


 するとメイスが大笑いした。


「エルザ、セラス様はな、私の事を見て、幽霊か何かだと思ったらしいのだ」


 そういうと、セラスもエルザも大笑いした。


「メイス様、そんないいものがあるなら、私にも下さいよ」


「ははは、大きな音を鳴らすくらいのものだぞ、それでいいなら後であげよう」


「わあ、ありがとうございます!」


エルザは白い歯を見せて笑った。


「しかし、敵もしつこかったんですね。三回も襲撃して来るなんて」


 エルザがそう言うと、セラスは首を傾げた。 


「三回だって? 我々が襲われたのは一回だけだぞ」


 すると今度はエルザが驚いていた。


「え、そうなんですか? 道中、三カ所くらいは戦闘した痕跡がありましたよ」


 するとセラスとメイスは顔を見合わせてから、首を傾げた。


「我々が戦闘を行ったのは一回きりだぞ。お前が見たという戦闘の痕跡は、別の誰かが行ったものだろう」


「一体誰がそんなことを?」


「わからん。だが、我々が知らないとなると、今回の事件とは無関係なのかもしれんぞ。たまたま、そういうことが重なったのだろう」


「そうですね……」


 エルザは来た道を振り返って見つめた。


「もしかして、ジョーが?」


エルザはジョーの不器用そうな顔を思い浮かべていた。





 その日の晩、エルザやセラスたち、そしてエドガーを交えて情報交換を行った。エドガーは、エルザがジェームズやレイから聞いた情報を耳にして、大きな衝撃を受けていた。


「実はな、お前たちがヴァルハラへ向かっている間に、ウイリアム殿たち一行が襲撃にあって全滅してな、その情報を漏らしたとみられるメラーズ男爵家のエミリー嬢が、王宮で妖術を使って暴れるという事件があったのだ」


「ええっ、私たちが出て行ってからそんなことが?」


 エルザは驚いてしまった。エドガーは頷いた。


「お前のもたらした情報と照らし合わせると、すべて繋がった気がする。王都へ戻り次第、メラーズ領へ大規模な騎士団を派遣しよう」


 するとエルザはガバッと立ち上がった。


「その作戦に私も加えてください!」


 エルザの提案に、皆が皆、首を横に振った。なんと、セラスまでも反対したのである。


「正気かエルザ……お前の身体はボロボロだ。しばらく休養が必要なことは、お前が一番よくわかっているだろう」


「ですが、参加したいんです」


 エルザは必死だった。親の仇をこの手で討ちたいという一心である。


「エルザ。気持ちは有難いが、お前はもう十分にやってくれた。それで十分だ。これ以上無理をして、怪我でもされたら我らにとっても大きな損失だ。すまんが自重してくれ」


 エルザが何度頼んでも、セラスは頑として受け入れない。セラスだけではない。エドガーもメイスも反対したのである。最後はメイスが口を開いた。


「エルザよ。今回、さんざん盗賊どもに苦しめられたお前だから、メラーズに一矢報いたい気持ちはわかるぞ。だが、その足を見てみろ。丸太のように腫れているじゃないか。ハッキリ言って足手まといだ」


 そこまでメイスに言われると、エルザも項垂れて沈黙するしかなかった。セラスはなんだかエルザが可哀そうになってきて、背中をポンポンと叩いた。


「まあ、とにかく今晩は何も考えずに休め。今は興奮して体の痛みを忘れているのだろうが、明日はきっと、ベッドから起き上がれないと思うぞ。私だって作戦には参加できないんだ。それにな、メラーズ家への制圧は、五日後なのだ。我々が傷を癒している間に、作戦は終わっているだろう」


 それを聞いて、エルザはジッとセラスを見つめた。そして、目を逸せて俯くと、小さくウンウンと首を縦に振った。


 その日の晩、エドガーの配慮により、エルザは高級宿の一室で眠った。セラスはエルザを部屋まで送ると背中をポンポンと叩いた。


「まあ、ゆっくりと休むことだ。薬のことなら心配はいらない。父が懐に入れたまま王都へ持ち帰り、直接ブライス医師に手渡すと言っている。我々は、時間を忘れてゆっくりと眠ろうじゃないか」


 セラスがそう言って微笑むと、エルザは力なく頷いて、部屋の中へ入った。

 

 エルザは寝間着に着替えてベッドへ入った。今まで寝たことのないような、フカフカのベッドである。エルザは、こんなベッドに横たわったら、きっと昼まで寝てしまうだろうと思ったが、意外と目はパッチリと開いて眠れなかった。


「五日後……大規模な騎士団がメラーズへ送られる……」


 エルザはメラーズ制圧作戦のことを考えると、気が気ではなかった。


 確かにエルザの足は腫れていて、歩くのもままならない。もし、作戦に参加しても、他の優秀な騎士たちを押しのけてまで、ジェームズやベルネージュを討ち取るほどの戦いが出来るかどうか……自信はない。


「父さん……母さん……私は一体どうしたらいいの?」


 エルザは布団に潜ったまま、ジッと考えていた。自分は十分にやった。だから、後のことは作戦に参加する騎士団に任せて、親の仇が討たれた報せを待てば良いではないか……。

 

 エルザは頭から布団を被って、布団を体へ巻き付けるように転がる。目がギラギラと輝いて、眠れそうにない。そして満足のいく答えは、いつまで経っても出ることはなかった。

 




 翌日、朝日が昇る頃。エドガー率いる騎士団は、王都へ向けて出発した。大勢での移動はかなりの時間を要するが、頑張った甲斐があって、その日の夜遅くには王都へ到着した。


 エドガーは、すぐさまエルランディの眠る部屋へと駆け付けた。そして薬はブライス医師に手渡され、無事エルランディに投与された。


 その結果、エルランディの様子はみるみる良くなり、あれだけ白かった顔色もほのかにピンク色に染まるようになるまで回復したのである。


「エドガー様! よくぞ、薬を持って帰られた……」


 ブライス医師は涙を流しながら、その労を労ったのだった。


 エルランディに薬が投与されたことは、あっという間に王宮中に知れ渡った。エルランディは人柄の良さから人気があったので、回復の兆しが見えたことを聞いた人からは喜びの声があがった。


 だが、病状の改善は見られたものの、エルランディの意識はまだ戻らない。エルランディは一体、いつ目を覚ますのだろうか。


 皆が喜びの声を上げる中、ブライス医師は心配になるのだった。





 セラスが目覚めた時、カリストの街はもう夕暮れ近かった。


 セラスはこれ以上、眠れるのか、というくらい眠ったので、スッキリとした目覚めだ。


「好きなだけ眠れるとはなんと幸せなことか……今回のことで良くわかったぞ」


 セラスは窓辺まで歩いて外の景色を眺めると、大きく伸びをした。


「エルザはもう起きたかな?」


 セラスはふと、エルザのことを考えた。


「しかし、あの子はなぜ、あんなにメラーズ制圧に参加したがったのだ?」


 セラスは不思議でならなかった。


「我々には言わなかったが……もしかすると、何か深い理由があるのかもしれないな」


 その時、不意にセラスの腹が鳴った。


「そういえば腹が減ったな。なにせ、丸一日寝ていたのだからな……どれ、食事でもしに行こうか……それとも夕食まで待つべきかなあ」


 セラスはそんなことをブツブツ言いながら、身支度を始めた。そして、軽装に身を包んだセラスは部屋の扉を開けた。すると、ヒラヒラと一通の手紙が舞い落ちた。誰かが扉に挟んでおいたのだろう。セラスはそれを拾い上げた。


 差出人の名前を見ると、エルザと書いてある。セラスは嫌な予感がして、すぐさま封を切って中の手紙を開くと、そこには謝罪の言葉とともに、何名かの協力者とともに、メラーズ屋敷へ向かうとの文言が書かれていた。


「エルザめ、なんて無茶なことを……」


 セラスは唇を嚙みしめた。手紙には、師匠のセドリックと、もう一人、師匠に劣らないくらいの強い戦士を連れていくから、心配はいらないと書いてある。


「セドリック叔父様はともかく、もう一人の戦士とは一体誰なんだ?」


 セラスには全く見当がつかなかった。そして、手紙を最後まで読んだ時、セラスは思わず涙をこぼした。そこには……実は執事のジェームズと、妖術使いベルネージュは親の仇であることが書かれていたのである。


「……エルザの奴……なぜもっと早く、その話をしなかったのだ」


 セラスはすぐさま部屋の机に座ると、父のエドガー宛に手紙を書き始めた。そこにはカリストにいる一部騎士団を連れて、先にメラーズ領へ向かうという許可願いの手紙だった。


 セラスはその手紙に封をすると、部屋を飛び出して早馬でエドガーへ発送した。


 早馬とは、速達郵便のことである。足の早い南部産の馬を使い、通常3日〜5日かかる手紙の配達をわずか1日で届けるという。

 

 セラスは窓の外から見える夕暮れを見つめながら、エルザのことを考えた。


「叔父様がついているから無茶はしないと思うが……エルザよ、私が向かうまで、くれぐれも危険なことはするなよ」


 セラスはそう願うのだった。






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