光のあとに残るもの


 午前の陽射しが、石畳を鈍く照らしていた。

 セラとヴィスは、ギフト監理庁の紋章が掲げられた証票を掲げながら、タルクスの門を通過した。


 町は静かだったが、どこか空気が重たい。

 通りを歩く人々の目には、ほんのわずかな警戒の色が浮かんでいる。


「……噂、残ってるみたいね」

「閃光なんか見たって話は、地方では尾を引きやすい。神罰とか、そういう類いの噂話になってる可能性もあるな」


 セラは無言で頷くと、まっすぐに通りの先を見据えた。


「パン屋。現場はそこ」


 彼女の視線の先、街角に古びた木の看板がぶら下がった店がある。

 扉の外には籠が並べられ、焼きたてのパンが陳列されていた。



 聞き込みは数分で終わった。

 パン屋の店主は渋い顔をしながらも、監理庁の証票を見ると黙って協力に応じた。


 話の内容は簡潔だった。

 昼頃、少年がパンを盗もうとし、見慣れない顔の女が庇うように割って入った。

 その隙をついて少年が逃げた瞬間、女が光に包まれ、胸を貫かれて倒れた――というのが、大まかな流れ。

 店主は「この町では見たことがない顔だった」と言い、他の目撃者も「旅人かと思ったが、前日までそんな女はいなかった」と証言していた。


 目撃者の多くが語ったのは、突如として現れた“金色に輝く大剣”だった。

 女が庇うように動いた直後、天から降るように光が走り、大剣のような光の刃が胸を貫いたという証言が一致していた。

 その威力については、「まるで雷に撃たれたようだった」「あれは神の罰だったんじゃないか」といった声が多く、常識的な武器とはかけ離れた、何か異質な力を感じさせる出来事として語られていた。

 死の直前、彼女はひどく驚いたような表情を浮かべていた――と語る者もいた。


 パン屋を出た二人は、特に言葉を交わすこともなく、そのまま次の目的地へ向かった。


「教会。遺体の処理はそっちに回されたはず」

「遺品が残っていれば、拠点で調べられる」



 石造りの教会は、町の南側、井戸の近くにひっそりと建っていた。

 中に入ると、薄暗い空間に木製の長椅子が並び、奥には白衣を纏った神父が静かに祈っていた。


「すみません。ギフト監理庁です。先日の亡くなられた女性について、お話を伺いたくて」


 セラの言葉に、神父は静かに頷くと、奥の小部屋へと案内してくれた。


 火葬は事件の翌日に執り行われていた。

 だが、身元不明のため、遺品と記録が保管されていた。

 神父は慎重に鍵を外し、保管棚から布に包まれた小箱を取り出した。

 中には小さなポーチ、少しの小銭、異国風の装飾が施された金具付きの服が丁寧に収められていた。


 セラは一つひとつを確認し、布で包み直すと、神父に預かりの書類を渡した。


「これらはギフトに関する記録の一環として、監理庁で引き取ります」


 そして、記録帳にはこう記されていた。


《年齢二十代半ば前後。所持物に特異性あり。火葬済。遺品保管中。》


 セラはその記録を一読し、静かに閉じた。


「何かわかったか?」

「目立った外傷は胸の一点だけ。恐らく、例の光る大剣によるもの」

「貫通か……致命傷には十分だな」


 セラはわずかに頷いたあと、視線を落とす。


「ええ。でも、宿で整理しながらまとめておきましょう。遺品は拠点での鑑定に回す」



 宿の一室で、セラは机の上に紙を広げ、現場で得た情報を箇条書きでまとめていた。


 パン屋の証言、目撃者の反応、遺品、記録。

 すべてを並べても、確定的なことは何もなかった。


「神話級のギフトだった可能性が高いわ。派手に光る剣、そして即死。条件次第では広範囲に影響を及ぼすタイプかも。 それに、目撃者の多くが“見慣れない女だった”と証言してるのも気になる」


 セラは筆を止め、窓の外へ視線を向ける。


「庇う、助ける……状況から察するに、あの子を守ろうとしたことで暴発したのかもしれない」


「記録に残すか?」

「ええ。すべて記録する。おそらく誰かにギフトで殺されたわけではないはず……今回はまったく反応しなかったのよね?」


 ヴィスが腕を組んで、軽く息を吐く。


「一週間も前の出来事だ。それに反応するのは俺に危機が迫ったときだけだからな。この町にまだ犯人がいても不思議じゃない」


「……それもそうね」


 セラが再び筆をとると、ヴィスは紙片を取り出して静かに机の上に広げた。

 それはライネがあらかじめ印を刻んでいた転移用の紙だ。


 完成した記録と、布に包まれた遺品を重ねて置く。


 空気がふっと揺れ、少年の姿が現れる。

 片手をひらひらと振りながら、にやりと笑ってみせた。


 ライネ・ヴィクトル。監察室の輸送担当。

 あどけない見た目とは裏腹に、実年齢は三十を超える。

 かわいらしい外見をしてはいるが、そう見えるだけで、現場では誰よりも迅速かつ正確に動く。


 セラが無言で記録と遺品を指さすと、彼はそれらをひょいと抱え、片目をつぶって軽くウィンクしてみせる。

 次の瞬間、空気が歪み、その姿はかき消えた。

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