笑ってるつもりじゃないのに


———


私はただ、副表への承認サインをしに来ただけだった。


時刻は1800ちょうど。艦内は「出撃前」の典型的な状態になっていた。

通信班は非戦闘チャンネルの遮断を始め、陸戦部隊の調整員たちはリフト争奪戦の真っ最中。

戦術コーディネーターは表を分けて走り、補給担当は三次元保管庫の中から誰も引き取りに来ない磁軌砲の副弾箱を引っ張り出そうとしていた。


そして、彼らが現れた。


片方は装甲を半分脱いだまま、背面でネックガードを締めた中士。

手には登録チップの束を持ち、顔には「俺は仕事をしに来たんじゃなく、システムに異議を唱えに来た」みたいな表情。


もう片方——副班長は、表情を変えずに立っていた。

あの人はどこにいても射撃姿勢に戻れるタイプだ。

戦術コード板を持っていたけれど、その指先は彼の肩の後ろを軽く突いていた。


「さっき“5分で済む”って言ってなかった?」


「5分前から処理に入ってる。今6分。つまりオーバーワーク中。」


「起動すらしてないくせに。」


「君が俺の動線エラーを修正してくれるのを待ってた。」


「エラーなのは動線じゃなくて、あんたの思考そのもの。」


「副班長、あなたの人間性批評スキルと戦術ロジックの整合性はどうなってるんですか。」


「私は批評なんかしてない。“問題の核を即時診断”してるだけ。」


それから彼女は担当士官に向かって言った。

「C-524-53-A号、三班の物資確認。弾種3、電装電池4セット。行動許可レベルは第二級。」


担当士官がうなずいた。「確認。署名を。」


彼女が書類にサインしている間、彼は横でそれを見ながら一言。


「さっきの発言、帝国士官養成校の教材にできそうじゃない?」


「あなたが教材に採用されるとしたら、“典型的な例”としてね。」


彼は真顔でうなずいた。

「それは光栄だ。」


彼らは去って行った。早足だったけれど、何かを演じきった人のような歩き方だった。


私はその場で数秒間、固まっていた。


気づいたとき、口が半開きで、五十秒間そのままだったことに気づく。


……もしかして、あの二人、前線で芝居でもやってた?


いや、きっと違う。

たぶん彼らは、**帝国が秘密裏に運用している“冷笑話兵器ユニット”**なんだろう。 


笑ってるつもりじゃないのに。



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