侯爵家の三男ルーク(中身45歳)、異世界でもお節介が止まらない!~元・何でも屋の知恵袋、今日もこっそり大活躍~

シマセイ

第一部「四つの宝珠と目覚めの調べ」編

第1話 泥酔転生、侯爵家の三男坊、爆誕! 俺、田中一郎、四十五歳。

しがない何でも屋のオヤジだ。


若い頃はそれなりに器用だったおかげで、大概の仕事はこなせた。


十年ほど会社勤めをした後、一念発起して独立。


「あなたの街の便利屋さん 田中サービス」を開業した。


最初の十年くらいは、世の中の景気もまだマシだったし、仕事も順調で、それなりに羽振りも良かった。


まさか、あんな世界的な流行病が来るとは思ってもみなかったが。


あれよあれよという間に不景気の波に飲み込まれ、仕事は激減。


気付けば酒に溺れる毎日。


結婚?ああ、そんな浮いた話はとんとご無沙汰だ。


若い頃は仕事一筋で、家庭なんて顧みる余裕もなかった。


今となっては、後悔ばかりが募る。


そんなある日のこと。


いつものように近所の居酒屋で、閉店の合図である「蛍の光」が流れるまで安酒を煽り、フラフラと千鳥足で安アパートへの帰路についていた。


「ああ…今日も飲みすぎちまったな…明日も仕事ねぇってのに…」


ぶつぶつと独りごちながら、駅前の歩道橋の階段を上る。


その時だった。


「おっと…!」


酔いと疲労で鈍った足が、階段の縁を踏み外した。


まるでスローモーションのように、体が宙を舞う。


受け身を取る間もなく、後頭部を階段の角に強か打ち付けた。


ズン、という鈍い衝撃と共に、俺の意識はあっけなく闇へと消えていった。


享年四十五歳。


孤独な何でも屋の、あまりにも呆気ない最期だった。


次に目が覚めた時、俺はなぜか、ふわふわとした雲の上にいた。


目の前には、後光が差すほどに美しい、絵に描いたような女神様が微笑んでいる。


「あら、お目覚めですか?田中一郎さん」


透き通るような声が、頭の中に直接響いてくる。


「え…っと…ここは…?俺、死んだんじゃ…?」


「はい、その通りです。あなたは不慮の事故で命を落とされました」


女神様はあっけらかんと言い放つ。


「ただ…そうですねぇ…」


女神様は何か考えるそぶりを見せた後、ポンと手を打った。


「少しばかり、私の気まぐれに付き合っていただくことにしましょうか」


「は…はあ…?」


「本来であれば、あなたは地球の輪廻の輪に戻り、新たな生を受けるはずでした。ですが、ちょっとした手違い…いえ、私の興味本位で、別の世界へ転生していただくことになりました!」


「別の世界!?輪廻の輪から外れるって…そんなのアリなんですか!?」


俺の抗議も虚しく、女神様はニコニコと続ける。


「大丈夫ですよ。新しい世界でも、それなりに楽しく暮らせるように、ちょっとしたサービスもしておきますから」


「サービス…?」


「ええ。あなたの前世の記憶、そして職業『何でも屋』。これらをそのまま新しいあなたにプレゼントしましょう」


「何でも屋…って、あの、俺がやってた…?」


「はい。新しい世界でも、その器用さを活かせるかもしれませんよ?まあ、侯爵家の三男坊として生まれるので、あまり必要ないかもしれませんが…くすくす」


「こ、侯爵家!?三男坊!?」


情報量が多すぎて、俺の貧弱な脳みそは完全にパンク状態だ。


女神様はそんな俺の混乱ぶりを楽しんでいるかのように、クスクスと笑い続けている。


「さあ、そろそろお時間です。新しい人生、楽しんでくださいね、田中一郎さん。いえ、新しい名前は何になるんでしょうねぇ?」


女神様の言葉を最後に、俺の意識は再び遠のいていった。


次にハッと意識が覚醒した時、俺は自分の体の小ささに驚愕した。


手も足も、まるで赤ん坊のように小さく、ぷにぷにしている。


視界もぼんやりとしていて、周りの状況がよく掴めない。


だが、確かに感じる。


これは…現実だ。


俺は、本当に異世界に転生してしまったらしい。


しかも、恐らくは赤ん坊として。


「おぎゃあ!おぎゃあ!」


言葉を発しようとしても、出てくるのは意味のない産声だけ。


ああ、クソッ!これが侯爵家の三男坊とやらのスタートかよ!


それから、俺の意識は曖昧なまま、時間だけが過ぎていった。


ミルクを飲んでは寝て、起きては泣いて、また寝る。


そんな生活がどれくらい続いただろうか。


ある日、ふと意識がはっきりとした。


視界も以前よりクリアになり、周囲の音が鮮明に聞こえる。


どうやら、少し成長したらしい。


俺は今、フカフカのベッドの上に寝かされているようだ。


天蓋付きの、やたらと豪華なベッドだ。


さすが侯爵家、と妙なところで感心してしまう。


「あら、ルーク、お目覚めかしら?」


優しい女性の声がして、ベッドの傍らに美しい女性が顔を覗かせた。


輝く金髪に、透き通るような青い瞳。


この人が、俺の母親なのだろうか。


「ルーク…それが俺の新しい名前か…」


心の中で呟く。


田中一郎という名前は、もう過去のものなのだ。


「まあ、今日も機嫌が良さそうね、ルーク」


母親らしき女性は、俺の頬を優しく撫でる。


その手つきは愛情に満ちていて、少しだけくすぐったい。


前世では味わうことのなかった温もりに、不覚にも涙が出そうになる。


いやいや、泣いてる場合じゃない。


俺はもう、ただの赤ん坊じゃないんだ。


中身は四十五歳のオッサンなんだから。


それから数年、俺は「ルーク・フォン・アークライト」という新しい名前と、侯爵家の三男坊という立場に、少しずつ慣れていった。


アークライト侯爵家は、このエルメリア王国の東方を治める、由緒正しい貴族の家系らしい。


父親であるアークライト侯爵、アルフォンス・フォン・アークライトは、厳格だが公正な人物で、領民からの信頼も厚い。


母親のイザベラ・フォン・アークライトは、優しくて美しい、まさに理想の母親だった。


そして俺には、二人の兄がいる。


長男のヴィクトルは、いかにも次期侯爵といった感じの、真面目でしっかり者の兄だ。


俺が三歳になった頃には、すでに剣術や勉学に励んでいた。


次男のクロードは、少し皮肉屋だが、根は優しい兄だ。


魔法の才能があるらしく、幼いながらに魔法の基礎を学んでいる。


そして俺、三男のルーク。


前世の記憶を持つ、中身はオッサンの三歳児。


これがなかなかどうして、大変なのである。


まず、言葉の習得。


周りの人間が話す言葉は、当然ながら日本語ではない。


だが不思議なことに、女神様のサービスなのか、なんとなく意味は理解できる。


しかし、自分が話すとなると、これが難しい。


三歳児の舌ったらずな発音で、必死に大人びた言葉を話そうとするものだから、周りからは「少し変わった子」だと思われているらしい。


「ルークは、時々おとなのようなことをいうのねぇ」


母親のイザベラは、いつも不思議そうに首を傾げている。


すまねぇ母ちゃん、息子は中身オッサンなんだ。


食事も一苦労だ。


侯爵家の食事は、もちろん豪華で美味しい。


だが、三歳児の体では、食べられる量も種類も限られている。


ナイフとフォークの使い方も、前世では当たり前だったが、この小さな手では覚束ない。


スプーンを握りしめ、離乳食のようなものを口に運ぶ日々。


(早く大人になりてぇ…いや、せめて自分のことは自分でできるようになりてぇ…)


そんな切実な願いを抱きながら、俺は異世界での幼少期を過ごしていた。


ある日の午後、俺は広い庭園で日向ぼっこをしていた。


メイドが少し離れた場所で見守ってくれている。


ポカポカとした陽気が心地よくて、ついウトウトと船を漕いでしまう。


(ああ…平和だなぁ…前世のあの頃とは大違いだ…)


何でも屋として、朝から晩まで汗水流して働いていた日々を思い出す。


不景気で仕事が減り、酒に逃げていた惨めな自分。


それに比べれば、今の生活は天国のようなものだ。


だが、心のどこかで、何かが足りないと感じている自分もいた。


与えられるだけの生活。


それは確かに楽だが、張り合いがない。


前世では、どんな小さな仕事でも、誰かの役に立っているという実感があった。


それが、俺の生き甲斐だったのかもしれない。


そんなことを考えていると、庭師の老人が困った顔で何かを探しているのが目に入った。


「どうしたんだろ、じっちゃん」


思わず、前世の口調で声をかけそうになる。


いかんいかん、今は三歳児のルーク坊っちゃまだ。


「じいや、なにか、おこまりですか?」


できるだけ可愛らしく、舌ったらずに話しかけてみる。


庭師の老人は、俺に気づくと、慌てて頭を下げた。


「これはルーク様。いえ、大したことではございません。愛用の剪定鋏を、どこかに置き忘れてしまったようでして」


「せんていばさみ?」


「はい。庭の木々を手入れするための、大切な道具なのでございます」


老人は、本当に困っている様子だった。


この広い庭で、小さな鋏を探すのは骨が折れるだろう。


(よし、いっちょ手伝ってやるか!)


前世の「何でも屋」の血が騒ぐ。


「ぼくも、いっしょに、さがします!」


俺はそう言うと、おぼつかない足取りで庭を歩き始めた。


三歳児の視線は低い。


それが幸いしたのか、植え込みの影に隠れるようにして置かれている、銀色に光るものを見つけた。


「あ!あれじゃないですか?」


指差す方を見て、庭師の老人はパッと顔を輝かせた。


「おお!まさしく!ありがとうございます、ルーク様!」


老人は深々と頭を下げ、俺はなんだか誇らしい気分になった。


ほんの些細なことだが、誰かの役に立てたという事実が、俺の心を温かくした。


「どういたしまして!」


満面の笑みで答える俺を、メイドが微笑ましそうに見守っていた。


もしかしたら、この世界でも「何でも屋」としてやっていけるかもしれない。


そんな淡い期待を胸に抱いた、三歳の午後だった。


女神様が言っていた、「何でも屋」の職業とスキル。


それがいつ、どのようにして発現するのかはまだ分からない。


この世界では、十五歳になると成人として扱われ、教会で「開花の儀」というものを行い、適性職業を授かるらしい。


その時に、俺の「何でも屋」も正式に認められるのだろうか。


今はまだ、想像もつかない。


だが、一つだけ確かなことがある。


俺は、この新しい世界で、もう一度「何でも屋」として生きていきたい。


誰かの役に立ち、誰かの笑顔を見るために。


そのためにも、まずはこの幼児体型から脱却しなくては!

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