46.対決! 魔術研究課④
ロドルフは床にあおむけに転がると、イヤイヤと手足を振り回した。
「いやじゃ、いやじゃ、いやじゃ、いやじゃ~~~!」
その激しさは、これまでの比ではない。
「魔法部の部門長が認めているんです。もうこれ以上は通らないでしょう……」
さすがのセシルも呆れ顔だ。
(実際、セシル課長の言う通りだよなあ。これ以上粘るのはさすがに無理だと思うけど……)
一体どうするのかと見守っていると、ロドルフは急に動きを止めてむくりと起き上がった。何かを思いついたようで、その顔には自信が戻っていた。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。部門長を口説いたぐらいでいい気になるようではまだまだじゃの」
「何を言ってやがる。もう終わりだ、ロドルフ」
バルドが睨むが、ロドルフは得意げに笑った。
「魔法部と生産部が賛成? それがどうしたのじゃ? 《黒鉄の牙》には、冒険部、戦技部、営業部、農産部、法務部……他にも部門はたくさんあるのじゃ」
ロドルフは指を折って数え上げながら、あごひげを撫でる。
「魔法禁止を謳っているのは誰だと思ってるのじゃ? もちろん、ギルドの各部門のトップたちじゃ。あの連中は手強いぞ~?」
その言葉に、セシルでさえ黙り込む。
魔法部の部門長に逆らってロドルフが大丈夫なのかというのはさておき……ギルド全体を変えるのが難しいというのは事実だった。
(ここまで、やっても……バルド課長とセシル課長の力を借りても、崩せないのか。所詮、俺はその程度なのか……)
クロダの胸にまた不安が広がりかけた、その瞬間。
またしても、会議室の扉が開いた。
◇
現れた男には見覚えがあり……そして、この場にいるはずのない男だった。
「コンラッドさん!?」
落ち着いた所作で音もなく現れたのは、アルセイン家の執事・コンラッドだった。
「クロダ殿。お嬢様より、お手紙をお預かりしております」
クロダの脳内は、はてなマークで埋め尽くされている。
「な、なんで……ここに?」
「お嬢様が、『大事な知らせだから、あなたが直接渡してきなさい』、と」
「…………」
「ギルドの受付に場所を聞いたところ、『今会議室に近づくのは怖いから、自分で届けてください』、と」
(受付係、なにサボってんねん!!)
思わず心の中でツッコミを入れてしまうクロダだったが、その目はコンラッドが取り出した封筒に吸い寄せられる。
コンラッドは「アリシアからの手紙」と言った。この状況で送られてくる"大事な知らせ"とは、一体何か。
「大切な内容ですので、私が代読いたします」
コンラッドはそう言うと、手際よく封筒を開けて中身を取り出し、読み上げ始めた。
『拝啓、クロダ様。あなたのアリシアよ。元気にしているかしら? 随分、大変そうな様子ね。そろそろ、私の助けが必要になる頃ではなくて?』
(アリシアさんの口調に寄せる意味はあるのだろうか……?)
クロダの疑問を察したのかは分からないが、コンラッドは顔をしかめると、ごまかすように咳ばらいをした。
『コホン。あなたが導入を検討中の魔道具、我がアルセイン家で購入させていただきますわ』
その言葉に、会議室がざわめいた。
バルドもセシルも、ロドルフさえも目を見開いている。
『もちろん、クオリティが高ければ、の話ですけどねっ! 半端なものを寄越したら承知しませんわよっ!』
コンラッドの読み上げにも熱が入る。
「クオリティは心配いらねえ。何しろ、うちが製作に関わるんだからな!」
バルドも自信満々に合いの手を入れる。
『注文書は別でお渡ししますが……よいものを納品いただいた暁には、正当な評価をつけて、王国中に宣伝して差し上げますわ!』
そのタイミングでコンラッドが差し出した注文書を、セシルが受け取る。
「これは……! 魔道具による業務効率化のみならず、魔道具そのものがビジネスになります。そうなれば、売上は十倍……いえ、それ以上にもなりますよ……!」
セシルは珍しく、興奮で声が上ずっている。
『その見返りとして、クロダ。あなたは一度、私のお茶会に来なさい。いいわね? それではまた、楽しみにしているわ! 敬具。またね!』
コンラッドが手紙を読み終えて、一歩下がる。
(アリシアさん……! そして、バルド課長にセシル課長、それにイゼルとリーナとユートも……頼りない俺を、ここまで連れてきてくれた。……だけど)
クロダは、コンラッドと入れ替わるように一歩前へと踏み出した。
(最後の一押しをするのは……業務整備課の課長である、俺の役目だ)
「……ロドルフ課長。今のギルドには……こんなにも頼もしい仲間が、たくさんいるんです」
「…………」
「私だって、課長としてまだ全然ですけど……それでも、まだまだ成長できるはずだって信じてます。ロドルフ課長だって、同じはずです」
「わ、わしは……」
「上層部だって、売上を十倍にしてしまえば今までのようにふんぞり返ってはいられません。私たちで、ギルドを変えましょうよ」
「無理じゃ……無理なんじゃよ……!」
「で、できます! 私だって不安ですけど……でも、きっと。だから、私と一緒に、頑張ってみませんか? 挑戦してくれませんか?」
ロドルフは黙り込んだ。
そして……くるりと後ろを向いてしまった。
「……魔道具の設計図を描いとくから、来週取りに来るのじゃ」
「……え?」
思わず聞き返してしまったクロダに、ロドルフは顔を蒸気させた。
「うるさーい! 今日はもう終わりじゃー! 帰りやがれじゃー!」
ロドルフの号令により、クロダたちは会議室の外に追い出されてしまった。
クロダは緊張と興奮で、なにが起こったのかすぐには理解できなかった。思わずイゼルの顔を見る。
「えっと……うまくいった、ってことかな?」
イゼルは満面の笑みで大きく頷いている。リーナもユートも、大喜びだ。
「大勝利です!」
「やったっス!」
そこへ急に、背中に大きな衝撃が二つ走った。
バルドが左、セシルが右から、クロダの横を通り過ぎていく。二人が背中を無言で叩いたのだと気づいたときには、二人は廊下の先へと消えていた。
コンラッドは……いつの間にか、音もなく姿を消していた。アリシアに報告に行ったのだろう。
(やった……俺は、やったんだ!)
クロダはようやく実感が湧いてきて、拳を強く握り締めた。
「っしゃあああ!!!」
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