33.改革! 新人教育

 製品加工課に改革案を持ち込んでから数日後。いつものように仕事をこなしていたクロダのもとへ、イゼルがやってきた。


「課長」


「イゼル? 製品加工課の状況なら、至極順調だよ」


 クロダは手元の報告書を眺めながら、穏やかに返す。


 残業改革の導入からまだ数日しか経っていないというのに、製品加工課の売上は目覚ましい伸びを見せていた。


 書類フォーマットの統一など、効率化の提案が功を奏したのは間違いない。しかし、それ以上に課員たちのモチベーションの向上が大きいらしい。


 このペースでいけば、売上はむしろ10%ほど増加する見込みだ。残業時間が10%減ったにもかかわらず、である。


 イゼルもすでに、その報告書に目を通していたようだ。


「うまくいっているようで、何よりです。つきましては、次の改革案についてご相談させていただきたいのですが」


 そう言って、イゼルは手にしていた提案資料を差し出した。


(ここ数日、残業改革の対応で忙しかったはずなのに……いつの間に、こんなものを)


 クロダは資料を受け取り、表紙に目を落とす。


「新人研修改革……?」


「はい。課長も受けた、あの研修です。当ギルドの新人研修の評判は、はっきり言って――最悪です。研修中の離脱率は30%を超え、これは王国内でも最低レベルです」


「へ、へぇ……」


「ギルドをより良いものにするためには、新人研修の見直しが不可欠です。ぜひ私に、この改革案の検討をお任せください」


 イゼルは熱を込めて力説した。この資料は、おそらく彼が一人で寝る間も惜しんで作り上げたのだろう。その情熱は並大抵ではない。


(残業改革って言いながら、こいつもたいがい仕事大好きだよなあ……)


 半ば呆れながらも、イゼルのやる気を削ぐようなことはしたくない。クロダはにっこりと笑って、肩の力を抜いた。


「なるほど。新人研修の改革案といえば、例えば……ギルドの理念を大声で読ませたり、合宿に連れて行って奉仕活動をさせたり……とかかな?」


「……課長」


 イゼルの声が冷えきっていた。恐る恐る表情をうかがうと、イゼルはわざとらしく頭に手を当て、顔をしかめる。


「お願いですから、口出しはしないでください。私が、完璧な資料を作ってお渡ししますから、ご心配なく」


「え? う、うん」


 イゼルは早口で言い切ると、くるりと踵を返し、素早く自席に戻っていった。そしてすぐに、資料作成に取りかかる。


(あれ、もしかして……また、俺の出番ない? ま、まあ……やる気があるのはいいことだし、ここは任せてみよう)


 クロダは手持ち無沙汰のまま、肘をついてイゼルの奮闘ぶりをじっと眺めていた。




 

 クロダはイゼルとともに、新人研修中の作業室の扉を二度叩いた。


 少しだけ開いた扉の隙間から、ジェイクが顔をのぞかせる。クロダたちの姿を確認すると、露骨に嫌そうな顔を見せた。


「何の用ですか……クロダ"課長"」


 不機嫌なジェイクに招かれて部屋に入ると、中では新人研修という名の“しごき”が繰り広げられていた。新人たちの悲痛な叫びが、部屋のあちこちから響いてくる。


(相変わらずだなあ、ここは……)


 昔を思い出して懐かしい気持ちになるクロダだったが、感傷に浸っている暇はない。イゼルが一歩前へ出て、提案書を差し出した。


「新人研修に関する改革案をお持ちしました。人事課の課長には事前にお話しさせていただき、すでに了承を得ています」


 ジェイクはイゼルを胡散臭そうに眺めながら、ひとつ舌打ちをする。


「まったく、問題児が揃いも揃って……俺にあの時の仕返しでもしようってか?」


「いえいえ、滅相もありません。ジェイクさんには大変お世話になりましたので。これまで以上に新人研修が効果的に機能するよう、お力添えさせていただければと」


 イゼルは笑顔を崩さないが、ジェイクに対して思うところがあるのは明らかだ。ジェイクとイゼル、互いの視線がぶつかり合い、火花が散る。


(二人とも、当時からバチバチにやり合う仲だったからなあ……再会できて何よりだ)


 クロダが見守りモードに入ろうとしたそのとき――視界の隅に、どこか見覚えのある男の姿が映った。


「あなたは……!」


 クロダが歩み寄ると、男もこちらに気づいたようで、ギョッとした表情を浮かべた。


「あ、あんたは、あの時の……」


 その男こそ、クロダがこのギルドに来た最初の日、《黒鉄の牙》を紹介してくれた張本人だった。クロダは思わず笑顔になり、大きく手を振る。


「お久しぶりです! あなたにはぜひ一度、"感謝の言葉"をお伝えしたいと思ってたんですよ!」


 満面の笑みで近づいてくるクロダに、男はよろよろと後ずさる。まだ肌寒さの残る季節だというのに、額には大粒の汗が浮かんでいる。


「お、おう……元気そうで、何よりだ……」


「はい! 本当に"素晴らしい"ギルドを紹介していただき、感謝してもしきれません!」


 クロダはすかさず男に駆け寄ると、男の手を両手でガッチリ握りしめた。


「い、いや……あんたには本当に悪いと思ってるよ、本当に……」


「そんな、悪いだなんて! こんな天国に導いてくれた、あなたは恩人です!」


 クロダの手の中で、男の手がピクリと動く。逃れようとするも、クロダが手に力を込めて引き戻すと、男は観念したようにぐったりと力を抜いた。


 その様子を見ていたジェイクが、慌てて声をかけてくる。


「おいお前、この方は最近課長に昇進されたクロダさんだ! 失礼な態度を取るんじゃねえぞ!」


「ひ、ひえっ、課長!? も、申し訳ございません、クロダさん!」


 男はうろたえながら、ぎこちなく頭を下げた。だが、クロダはまったく意に介さず、上機嫌な様子のまま続ける。


「そんな、敬語だなんて水くさい。あ、そうだ! もしよかったら、今度一緒に“飲み”にでもどうですか? もちろん、おごらせていただきますよ!」


「"飲み"って……クロダさんの部署で使われている隠語か何かで……?」


「またまた、ご冗談を……。ただの"お礼"じゃないですか~!」


 男は顔面蒼白のまま、ただただ頷くばかりだった。クロダは満足げな表情で、ようやく男の手を離す。


(やっと、念願のお礼が言えたぞ! 早速、飲み屋をセッティングしなきゃ!)


 クロダはウキウキと心躍らせ、頭の中に終業後の飲み会プランを描き始めた。





 クロダが久しぶりの再会に浮かれているその一方で――イゼルは淡々と、ジェイクに対して新人研修の改革案を説明していた。


「今の研修は、新人の能力を伸ばすというよりも、人事課による新人の見定めという側面が強すぎます。それよりも、まずは新人のやる気を引き出すことが先決です」


 ジェイクの表情が険しくなる。


「そうは言ってもだな……新人たちは腑抜けた連中ばかりだ。多少はケツを叩かなきゃ、まともに動きやしねぇよ」


「お言葉ですが、現状の研修では離脱率があまりに高すぎます。まずは、研修中の残業は禁止し、叱責も最小限に抑えていただきます」


「あのな。叱らなきゃ、どうやってこいつらを動かすってんだ……」


 ジェイクは顎で作業室の中を示す。そこでは新人たちが、死んだ魚のような目をして、緩慢に手を動かしていた。


「すでに叱っていて、効果が出ていないということですよね。であれば、変えてみる価値はあるかと思います」


「チッ……そう言われると言い返せないじゃねえか……」


「まずは一度、試していただけませんか。各課から教育係を派遣しますし、素材調達課のセシル課長と連携して、新人でも機械的に作業できるマニュアルも準備します。人事課だけに負担をかけるつもりはありません」


 イゼルは最後に助け舟を出した。要求を通すばかりではうまくいかない。今までの経験から学んだことだった。


 そして、最後にもう一つ――イゼルはちらりとクロダの方に目をやってから、さらりと付け加えた。


「質問や苦情がある場合は……すべて、うちのクロダ課長までお願いいたします」


 ジェイクは、しばらく唇を噛み、視線を宙にさまよわせていた。手にしていた資料をバサリと机に置く。


「チッ……完敗、か」


 呻くようにそう漏らし、肩を落として、大きく息を吐いた。


「……わーったよ! とりあえず言われたとおりにやってみる、それでいいんだな!」


 乱暴な言葉遣いながら、ついに改革案を受け入れたジェイクの姿を見て――イゼルは「あの時の仕返しだ」とばかりにほくそ笑んだ。

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