リストコード:2057 ─ YUI-CODE:BLANK〈疑義照会の代償/Pretium Interpellationis)
けんたろん
プロローグ:瓦礫の中から(Ex Ruinis)
【登場人物紹介】
◆綾瀬ユイ(Ayase Yui)
元調剤薬局勤務の薬剤師。不老の身体と“疑義照会リローデッド”を持つ戦う薬剤師。薬剤師流格闘術薬拳流の達人。
◆タケル(Takeru)
かつてユイとともにカルナと戦った薬学生。薬局実務実習でユイと再会する。精神共鳴力“アドヒアランス”を発現する能力を持つ。
◆オルファ=ノーヴァ(Orpha=NOVA)
仮面の指導者として暗躍するリカーバレント機構の謎のトップ。
◆シンイチ(Shinichi)
ヒポクラシス・リンクの連絡係。冷静な情報担当員。
◆カルナ(CARNA)
国家医療AI。かつてすべての処方を管理していたがユイの疑義照会リローデッドによりシステム崩壊し自爆してしまう。
◆ヒポクラシス・リンク(Hippocratis Link)
人間中心医療を目指す地下組織。組織のカモフラージュとしてリンク調剤薬局を運営。
◆リカーバレント機構(Requivalent Order)
旧ファーマシストフォースの変質体。国家統制派の実行部隊。
【プロローグ:瓦礫の中から(Ex Ruinis)】
──国家医療統制局所有、医療AIカルナの中枢エリアが崩れ落ちた夜。
そこは、焼け焦げた鉄と血の匂いが混じる無音の世界と化していた。
崩壊した構造体はまるで折れた骨のように歪み、鋼鉄の梁がむき出しになった天井からは、まだ燻る火の粉が落ち続けていた。
壁は無数のコードと管がねじれた状態で剥き出しになり、巨大なメインサーバの残骸が床に突き刺さっていた。
ガラス片が散乱するフロアには、赤く点滅する緊急灯だけが明滅を繰り返し、亡霊のように光と影を踊らせている。
その中心、崩れた階段の下に、微かに脈打つ生命反応があった。
瓦礫と粉塵、焼け焦げた端末。
その中心で、ユイは崩れ落ちた鉄骨の下に意識を失っていた。
バトルホワイトコートはところどころ焼け焦げ、埃にまみれていた。 折れ曲がった鉄骨が彼女の脇腹を押さえつけ、呼吸は浅く、かすかに胸が上下しているだけだった。 額には細かい出血の跡があり、無数の擦過傷がその顔と両腕を走っていた。
だが、ユイの表情には苦悶もなく、むしろ静かに眠るかのようだった。
意識はないまま、彼女の手は微かに何かを握るように屈しており、それがまるで“まだ戦いが終わっていない”と身体が覚えているかのようだった。
そこへ、サーモセンサーと特殊音響ソナーを装備した黒いシルエットが静かに着地する。
「生命反応、微弱ながら確認。対象、識別コード:YUI-99……間違いない」
医療災害対応特殊部隊『メディセーフ・オペレーションズ』の救助班長は、頷き合図を出す。
「搬出開始! 脈拍を維持しろ、脳波は……抑制しつつ安定化へ移行!」
ユイの身体は慎重に、しかし迅速に運び出されていく。
鉄骨を切断するため、専用の振動カッターが投入された。隊員たちは粉塵を避けながら慎重に位置取りし、ユイの身体を傷つけないように鉄の重みを分散させていく。
「ジャッキ、右。支え! 息が浅い、酸素投与開始!」
救助班のリーダーが指示を飛ばすたび、隊員たちは的確に動いた。ある者は酸素マスクをユイの顔にあて、またある者は簡易心電計で微弱な波形を確認しながら、脈拍の安定化を図る。
「もう少し……!」
鉄骨がわずかに浮き上がると同時に、隊員のひとりがユイの身体を丁寧に引き抜く。その瞬間、彼女の体が小さく震えた。
「反応あり! まだ意識は戻らないが、脳波に変化!」
担架に乗せられたユイの身体は、特殊衝撃緩衝材で包まれ、搬送車両へと運び込まれた。
その場の誰もが知っていた。 この女がここで何をし、何を終わらせたかを。
だがそれについて語る者は誰もいなかった。
国家の特命により、彼女の存在は今後「国家医療統制局崩壊における未確認生存者」として闇に封じられることになる。
──ただ一人、搬送車内で彼女の手を握った若い救助隊員だけが、小さく呟いた。
「……あなたには、きっと、まだやるべきことがある。」
その言葉が、ユイの意識に届いたかどうかは分からない。
だが確かに、その声に反応したのか、ユイの細い指がわずかにピクリと動いた。
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