嫌いになれたらは、愛を信じてる裏返し
月乃ミルク
第1話
イケメンが入社してきた。
162cmの私の頭がイケメンの肩くらいだから、身長は180cm以上といったところか。
ちょっと筋肉質な腕。まるで小栗旬のような端正な顔つき。営業部長に連れられてきたときの、女性社員の色めき立つ心の声が目からこぼれてくる。
「今日からうちに配属された、野本
「お疲れ様です。ただいまご紹介に預かりました、野本 直樹と申します。今年で30歳になります。前職は、食品メーカーの営業職をしていました。こちらの業界は初めてなので、最初はご迷惑をおかけしてしまうと思いますが、早く一人前になってお力添えできるよう精進してまいります。よろしくお願いします」
少しハスキーな声と、ハキハキと自信に満ちた話し方。
野本君に気がないそぶりを見せながらも、目が離せない若い女性社員たちが、ばらばらと「よろしくお願いします」と返答をする。
「野本君は、結婚してて子供は五歳だったかな?」
「はい。息子が一人います」
部長は、牽制のつもりだろうが女心がわかっていない。
私は、静かに鼻で笑った。
不倫女に嫌悪感を示し、「私はそんな馬鹿なことしないわ」と、潔白を正義としている女性でも、あわよくばと思ってもおかしくないくらいのイケメンだ。逆に、結婚していることが包容力や安心感に繋がり、さらに「人のモノ」ということもプラスされて、より魅力的に見えてしまう。
さっきよりも、さらに女性陣の色めき立つ声が聞こえるようだ。
部長が続ける。
「野本君の営業サポートと事務的な育成は、中村さんお願いしますね」
ここも静かに鼻で笑う。
野本君と目を合わせて、にっこりと挨拶をする。
「わかりました。よろしくお願いします」
「お手数をおかけいたします。よろしくお願いします」
私は大卒で入社して、途中産休・育休はあったものの勤続年数は16年。
私は野本君より8歳も年上で、女として終わっている奴なら、“不順異性交遊”なんて心配もないってことだろう。部長の魂胆が丸見えだ。
女性陣からの、安堵した空気感も伝わってくる。
「若い○○ちゃんが、彼と仲良くしている声なんて聞いたら、ムカつく」
「○○さんは、彼と同い年の独身女性だし。色気を出してきそうで気持ち悪い」
という、嫉妬をしなくて済む。
『中村さんなら、彼が好きになる事もないから安全パイね』
読みやすい空気に、イケメンに心躍るというよりも「面倒な人じゃありませんように」という不安の方が強かった。
営業によっては、自分のミスを事務を担う女性社員のせいにする輩もいる。大抵は女性が告げ口をしたらその営業マンが飛ばされるが、野本君の場合は上司に言ったところで私が責められかねない。ここまでコツコツ積み上げた信頼も実績も、一瞬で吹き飛ぶような力を持っていそうだ。
入社初日は、営業の先輩にあたる佐藤が野本君を連れて各部署への挨拶周りをすることになった。お昼も、佐藤がランチを奢ってやるよと言って、野本君を連れだした。
「佐藤さーん!私も連れてってくださ~い」
ネイルにも気を抜かない近藤ちゃんが、いつものように男に媚びる甘ったるい声で野本君と佐藤の間に入る。
男性からチヤホヤされるのが普通で、私は可愛いと自覚もしている、あざと女子。同性からは、なんか鼻につくっていうタイプの子。
見た目はチャラチャラしているが、近藤ちゃんはそれなりに仕事はこなす。頼れるところはうまく甘えながら、ミスも少なく与えられた業務を遂行するから、そこまで不協和音は生んでいない。
でもね、それが通用するのは後数年。
男性陣も、表向きはチヤホヤするだけで、まともな男なら気が付いてる。
「こいつは“結婚する女”じゃない」
ってね。
・・・野本君が来た日から、汚い自分が出てくる。
外面では、(多分)優しいお局様。
内面では、同僚を心の中で笑っている。
訳も分からず、心がザワザワ、モヤモヤして気持ち悪い。
『バタフライエフェクト』
これが、大きく人生を変えるきっかけになるなんて……。私と直樹は、そんなありふれたただの一日からスタートした。
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