44. 今は違うので
「――ここで合っているか?」
「は、はい!」
魔力の残滓を追うこと数分。
馬車はあっという間に旅館に到着し、兵士達が隙間なく取り囲む。
魔法陣から離れたせいで今の私には何も見えていないけれど、どの部屋かは見えていたから大丈夫だ。
「最上階の左端の窓です!」
私がそう口にすると、兵士達が一斉に動き出す。
外からは梯子がかけられ、玄関にも大勢が入っていく。
でも――結果は期待していたものとは違った。
「報告いたします。捜索の結果、中に魔法陣はありませんでした!」
「本当か? 俺も確認しに入る」
あんなにハッキリと痕跡が見えていたのに、何も見つからないなんて有り得ない。
そう思ったから、私はイアン様の後を追って旅館の中に入ることにした。
この旅館は貴族向けのようで、中も豪華な造りをしている。
イアン様は真っ直ぐ最上階へと向かい、私も続く。
そして、外から見た位置にある部屋に入ると、湿り気を感じた。
湿り気の正体は、床に撒かれていた水だと思う。誰も気付いていないようだけど、ほんの少しだけ濡れている。水魔法を使って見えやすくすると、床に魔法陣が現れた。
私には何の魔法か分からないけれど、一つだけ見覚えのあるものが目に入る。
「これ……元お義母様の字にそっくりです」
「分かった。イリヤ・ザーベッシュを調べることにしよう」
気付いたことを口にするとイアン様が応えてくれて、すぐに司令官に指示を出した。
指示の内容はウェストフォールの封鎖と、門番への聞き取りだ。
一通りの指示を終えたイアン様は、今度は私に向き直るとこんなことを口にする。
「アイリス、イリヤ・ザーベッシュの似顔絵を用意したいから、特徴を画家に伝えて欲しい」
「伝えるより私が作った方が確実だと思うので、今から作りますね!」
「描けるのか……?」
「あの顔は絶対に忘れませんから、誰よりも上手く出来ると思います」
そう口にすると、イアン様は戸惑いながらも、兵士から受け取ったペンとインクを私に手渡してくれる。
真っ白な紙まで用意してくれたから、さっそくインクを手にとって水魔法を使う。
せっかくペンも貰ったけれど、絵は作れても描くことは出来ないのよね……。
だから、インクの濃さを水魔法で調整しながら絵を作り、紙に触れさせる。
「こんな感じで如何でしょうか?」
「……本人そっくりで完璧だと思う。水魔法も極めればここまで出来るのか」
完成した絵を見せると、イアン様は感心したような表情を浮かべた。
周りに居る兵士達は驚愕している様子で、口を開けたまま固まっている人も見える。
イアン様も驚いてくれると思っていたから、少し残念だけれど……私の水魔法に慣れてしまったから絵くらいでは驚けないのかもしれない。
だから、紙をもっと貰って、特徴が分かりやすいように色々な表情の似顔絵を作っていく。
「……これくらいあれば見つけられますか?」
「十分すぎるくらいです。ご尽力、感謝致します」
ここまですると、イアン様も流石に驚きを隠しきれない様子。
けれども、彼の口から放たれたのは、私を心配するものだった。
「捜査に協力してくれるのは有難いが、こんなに作っても大丈夫なのか?」
言われて視線を机に向けると、たくさんの元お義母様と目が合う。
自分で言うのは違うと思うけれど、かなり上手く出来ているせいで嫌な記憶を思い出してしまいそうだ。
だから視線を背け、これ以上は作らないように決める。
でも、いつまでも視線を外してなんていられない。すぐに視線を戻すと、この一瞬で絵は全て集められたようで綺麗な机が目に入った。
「――捜索している間に、今後の行動について決めたい。
俺の予想だが、イリヤ・ザーベッシュはまだこの町の中に居ると思う」
「我々で王都に移送する……そういうことでございますか?」
「その通りだ。暗殺者との繋がりが見えている以上、危険だという意見が出るのは理解できる。しかし、洗脳の魔法を確実に防げるのはアイリスだけだから、同じ部隊で動く必要がある」
兵士の一人が怪訝そうな表情を浮かべると、イアン様は理由を説明する。
魔法で戦う時、勝敗を決めるのは扱える属性の相性と魔力量で決まるから、同じ部隊に居ても私一人で対処出来ると思う。
「アイリス、相手は罪人だが……殺す覚悟で戦えるか?」
「はい。覚悟は出来ています」
ザーベッシュ邸で暮らしていた頃は立場のせいで反撃なんて出来なかったけれど、今は貴族と罪人。
手を抜く理由なんて何も無いのよね。
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