39. side 絶望的な状況

 ウェストフォールの町が魔物に包囲される前日。

 町一番の高級旅館で密談をする男女の姿があった。


 ロイドとイリヤだ。

 二人の間には怪しげな魔法書が置かれており、描きかけの魔法陣が広がっている。


「これで本当に魔物を呼べるの? 失敗したら……」

「これが失敗しても、アイリスを屠るのが遅くなるだけだ。何も心配することはない」


 ロイドとイリヤの計画は、警備が無い町の外へとアイリスが出るように仕向け、護衛が疲弊したところに襲撃を仕掛けるというものだ。

 そのために、アイリスが養女となったアースサンド公爵家の要所を魔物に襲わせようとしている。


 ちなみに、魔物を呼ぶ魔法は禁止されており、発覚すれば極刑に処されるようなものだ。


「そうだったわ。触媒が水なら発覚もしないものね」

「ああ。もっとも、成功する可能性も低いが」


 魔法陣は魔力を通しやすい水銀で描かれることが殆どだが、水銀が手に入らない場所では水や酒で成功した例もある。

 ロイド達はそれを真似ようと、一週間かけて簡単な魔法で実験していた。


「今まで成功しているのよ? 失敗なんて有り得ないわ」

「そうか。期待はしないでおく」


 会話の最中にも、二人は魔法陣を描く手を止めない。

 水を使っている以上、手早く仕上げる必要があるからだ。


 そして、数分後には魔法陣が完成し、イリヤが魔力を流す。

 すると魔法陣が光を放ち、部屋が紫色に染まった。


「……光ったな」

「成功したみたいね」

「よし、次はこの魔法だな」


 けれど、二人ともこれで満足はしない。

 続けて隣に別の魔法陣――周囲の魔物を強化する魔法に取り掛かった。


「こっちは簡単ね」

「ああ。だが、タイミングを間違えると効果が出ない。慎重に進めるぞ」

「分かっているわ」


 ロイドの念押しに、イリヤは余裕の表情を浮かべる。

 魔法陣を描く手にも迷いは無く、あっという間に完成が近づいていた。


 そうして魔法陣が完成すると、再び禍々しい光が放たれる。


「――こっちも成功ね」

「ああ。あとは待つだけだな」


 ロイドもイリヤも、自分達の魔法が成功していると信じて疑わない。

 だから、この計画に大きな欠点があることには気付けなかった。


 けれども、数時間が過ぎた時。

 イリヤが魔物の襲撃を告げる鐘の音に喜んでいる中、ロイドの表情は絶望へと変わっていた。


「――どうして喜ばないのよ?」

「俺達の逃げ道はどこにある?」

「あっ……」


 ロイドの指摘に、イリヤも計画の欠点に気付く。

 とはいえ、町は既に包囲されていて、打開策は魔物を倒すことだけだ。


「――どうして言ってくれなかったの!? 責任取ってよ!」

「諦めて死を待つしかない」

「あの娘なら何とか出来るはずよ! 諦めるには早すぎるわ!」

「その娘を殺す手筈だ。期待は出来ない。そもそも、計画を考えたのはお前だろ」

「知らないッ! 全部あなたが悪いのよ!」


 絶望的な状況にイリヤは考えることを止め、ロイドはイリヤの協力を得られないことで頭を抱える。


「……殺そうとしている相手の無事を祈る羽目になるとは、我ながら無様としか言えないな」


 ロイドの呟きは、誰の耳にも届かない。

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