表と裏

第1話 クレイの表

 ここは竜によって支配された世界、アルテミラ。人々は日々、竜の脅威に怯えていた。

 気まぐれに人を襲う竜に、竜の眷属である凶暴な魔物たち。人々はこれらの存在によって常に脅威に晒されていた。

 それこそ、安全なんて言葉は存在しない。そんな世界であった。


 だが、その常識が100年前に覆された。

 100年前に突如開発された結界。唯一、国としての体面を保っていた帝国によって開発された結界は、帝都をまるまる守護できるほどの大きさを誇った強固な結界であったのだ。

 当然、帝国の国民達は歓喜した。これで竜の脅威から解放されると。安全な生活を送れると。


 しかし、帝国が開発できた結界はその1つだけであった。

 結界に覆われ、竜の脅威から守られている帝都。当然ではあるが、人々はみな結界の内側に入りたがった。

 だけども、いかに広い帝都と言えども限界はある。住める人間の数には限度があるのだ。


 そこで帝国は選別したのだ。結界の中に入れる国民と、入れない国民を。

 結界の内側への居住権を得たのは、皇族、貴族、巨額の賄賂を払った金持ちだけ。上級国民のみが結界の内部へと通された。


 下級国民はみな、結界の外部に取り残されたのだ。危険な竜と魔物が跋扈する外部へと。

 彼らは結局、自分たちの力で竜の脅威から身を守るしか生き残る術は無いのであった。










「平和だね~」


 際どい格好をした女性店員が歩き回り、盛況している酒場の店内を見渡しながらクレイは呟く。


 クレイ。25歳のCランク冒険者。

 寝起きかと思う程ぼっさぼさの黒髪に、気怠そうな表情。身長は185センチ程度とかなりの高身長で、身体も鍛えられていて胸板は厚いが、よれよれのシャツに辛うじて使えるほどのボロボロの防具姿が、その体格の良さを全て台無しにしている。

 その表情と服装、だらしなくテーブルに突っ伏す姿から、真面目な冒険者にはとても見えない。


「平和? 今日も街中を魔物が暴れまわってたってのにか?」


 そんなクレイの言葉に呆れ顔で返すのはバート。クレイと同じく25歳の冒険者。

 綺麗に切り揃えられた短髪に、190センチほどの筋肉質な男。防具もかなり良いものを着ており、結界の内部に住む護衛だと言われても違和感のない姿をしている。


「そりゃ日常だろ?」

「死者も10人程度でてるよ」

「それも日常でしょ」

「…………まあな」


 クレイたちが住む帝都の下町。帝都を守る結界の周りをぐるりと取り囲むようにできているその下町は、常に竜と魔物の脅威に晒されている。

 城壁自体はあるものの、竜相手に城壁なんて機能しないし、その城壁自体もボロボロの穴だらけだ。魔物が侵入する隙は大量にあり、修繕しようにも魔物に破壊される速度の方が早い現状があるのだ。

 その為、帝都の下町は魔物に襲われるのが日常の状態であるのだ。


「バートは内部にはいかないのか? もうすぐSランクだろ? スカウトとか来てるっしょ」

「来てはいるが、やっぱ外部の人間を舐め腐った条件が多いんだ。それに下町に愛着もあるし、しばらくは外部でやってくよ」

「流石、人ができてるね~。高ランクになれば内部の人間に買われて、とっとと結界の中に引っ込んじまう冒険者も多いってのに」


 結界の内部と外部。

 内部には上級国民、外部には下級国民が住むのは周知の事実だが、外部の人間が内部に居住を移す唯一の方法があるのだ。


 それが、『内部の人間に買われる』こと。

 理由は様々だが、見てくれがよければ性処理用として買われることもあるし、Sランクの冒険者程強力な人間であれば、護衛用に買われることもある。

 もうすぐSランクの冒険者になれそうなバートにも、護衛として買いたいという話がいくつか来ているのだ。


「確かに外部は危険と隣り合わせの毎日だが、結局それに慣れちまってるからな。内部の生活なんて想像もできん」

「だな。俺たちには外部の刺激的な日々の方が性に合ってる」


 木製のジョッキでエールをごくごくと飲みながらクレイとバートは笑い合う。


「クレイの方はどうなんだよ? まだCランクのままなのか?」

「まあね。上がる気配も無し」

「んだよ。実力的にはAランクはあるくせに。やっぱそのサボり癖が原因か?」

「そうらしい。冒険者ギルドも依頼をサボったり途中で放棄したりする冒険者のランクをこれ以上上げるつもりは無いらしいよ」

「はあ。もったいねえな。お前こそ少し頑張れば内部に行けるかもしれないってのに」

「内部に行っても護衛はせにゃならんだろ? 俺はサボりたいんだ」


 クレイの言葉に呆れ顔のバート。


 そんな雑談に夢中になっていたクレイとバートの元に、騒がしい男の声が聞こえて来た。


「俺はBランク冒険者のビルズだぞ!?」


 店内に響き渡ったそんな大声。クレイたちは何事かと声のした方に目を向ける。


「で、ですからここはそういったお店ではありませんので…………」

「ああ!? こんなエロい恰好してるってのにか!?」


 どうやら店の中でトラブルが発生しているようだ。言い争いをしているのは小柄な男性と、女性店員を守るように前に出て頭を下げている店長の男性であった。


 この店は女性店員の露出の多い姿が人気の酒場だ。おへそや胸元を大胆に露出した上半身に、少し屈むだけで下着が見えそうなほど短いミニスカート。

 確かにそういった接待を行うお店だと勘違いしてもおかしくはない。

 だが、あくまでこの店は健全な酒場であるのだ。


「ちっ…………。またビルズか。あいつ問題ばっか起こしやがって」


 知り合いであったのか、バートは舌打ちをしながらそう呟くと、立ち上がってビルズの元へ向かおうとする。騒ぎの仲裁に向かうつもりなのだ。

 クレイはそんなバートの肩を掴んで、ビルズの元へ向かうの制止する。


「なんだよクレイ」

「もうすぐSランクつってたろ? こんなとこで問題起こしてちゃダメだ」

「けど、同じ冒険者が店に迷惑かけてんだぞ?」

「大丈夫だ。だってこの店は、『倒竜会とうりゅうかい』の系列店なんだから」


 クレイはそう言って、棚の上に飾られた小さなオブジェを指差す。

 そこにあったのは、竜が剣に串刺しにされたオブジェであった。


「倒竜会。下町の東区を縄張りにしてる闇ギルドか」

「ああ。そゆこと」


 闇ギルド。主に傭兵や用心棒などで金を稼ぐ組織で、その中でも特に犯罪行為に手を染めたものを刺す言葉だ。いわゆる暴力団やマフィアに近しい裏社会の存在である。


「けど、ビルズは腐ってもBランクだぞ? 反社風情に止めれるか?」

「まあ見てろって」


 クレイの説得に応じ、大人しく席に戻ったバート。

 それからしばらく後、店の裏からいかにもな強面の男が顔を出した。


「おう兄ちゃん。うちの店の子に手を出しそうになったって?」


 強面の男性がビルズに問いかける。

 2メートルを超える巨漢に、傷だらけの顔。流石のBランク冒険者もたじろぐ威圧感だ。


「い、いや、ナンパしてただけだ…………」

「ああ? うちの店ではそういうのは禁止してんだよチビ。さっさと帰ってマスでもかいてな」


 巨漢の男がビビるビルズを見下したような表情で言う。


 しかし、さっきまでビビっていたはずのビルズの態度がそこで豹変した。


、だと…………!」


 ビルズの身長は160センチ程。確かに男性としてはかなり小さい。どうやら身長がコンプレックスで、チビという言葉が地雷であった様だ。


「ぶっ殺してやる!」


 そう言ってビルズは強面の男に殴りかかった。

 だが――――。


 ビルズの右腕の上を通過する形で、更に強烈な速度で放たれた強面の右拳。

 リーチも速度もビルズのそれよりも優れた強面の拳は、ビルズの顔面へ先に直撃した。


「ぐべぇ!!」


 激昂し殴りかかった勢いを完全にカウンターで返され、ビルズは後ろに吹き飛び壁に激突。

 強烈な勢いで背中と後頭部を壁にぶつけたビルズは、一撃で意識を刈り取られてしまった。


 一瞬の決着であった。


「な? 見たろ?」


 何故かクレイが得意気に言う。

 バートは「ほう…………」という感嘆を漏らしながら、強面の動きを目で追っていた。

 Sランク間近のバートには、あの強面の強さを一撃で嗅ぎ取ることができたのであろう。


 一撃でのされ、壁にもたれかかったまま気絶したビルズ。

 そんなビルズの身体に、先ほどビルズに平謝りしていた店長が唾を吐き捨てる。

 そして、ビルズの伸びた身体から足を掴み取り、引きずるようにして店の奥に運んで行った。


 トラブルによってしんとした店内は、酒場とは思えないほどの静寂に包まれる。冒険者が起こした騒ぎに、その冒険者を一撃でダウンさせた見るからに堅気ではない男。この空気で騒げと言われても無理な話だ。


 そんな店内の雰囲気を感じ取ったのか、先ほどの強面の男が大声でこう宣言した。


「迷惑かけてすまねえ! 今日は全部俺の奢りだ! 今日一日楽しんで帰ってくれ!」


 そう、笑顔で宣言した強面の男。


 その瞬間、店内は歓声に包まれた。


「「おおおおおおおおおおおお!!!!!」」


 先ほどまでのしんとした店内が嘘のように客全員が歓声を上げたのだ。これ幸いにと騒ぎ、酒を飲みかわし始める。まさにお祭り騒ぎ状態だ。


「よっしゃ! これを待ってたんだ!」

「もしかしてお前、これ目当てで俺を止めたな?」


 他の店内の客たちと一緒に騒ぐクレイに、バートは苦笑いを浮かべるのであった。

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