第36話 花束

バーを出ると多くの人が集まっていた。勇者ブラッディ・ファルコンが現れたんだ。しかも、バーに入ったと思ったら中にいた客が這う這うの体で一斉に店から飛び出して来た。僕としては勇者ブラッディ・ファルコンと一緒にいたと噂にされたくない。目立ちたくなかった。混乱に紛れ、歓楽街をひた走り、閑散とした商店街を進む。


市庁舎に向かうつもりだった。エミーリアが教えてくれたロイヤルパークホテルは当然ギルドの持ち物だ。市庁舎にいけば場所を教えてくれる。市庁舎は日が暮れたからといって閉じられることはない。


ダンジョンは朝も昼も関係ないんだ。真夜中の帰還なんて珍しくない。パーティに病人やけが人がいる場合だって有り得る。僕は市庁舎までの一番の近道を知っている。公園に入った。ここを突っ切ってすぐに市庁舎がある。


「ここじゃ嫌。だから、嫌だって言ってるの。嫌、嫌だって」


足早に公園の小道を進んでいると声が聞こえた。その声は聞き覚えがある。立ち止まって耳を澄ました。やめて、やめてって聞こえる。間違いない。声の主はルチア・リクスト。誰かに襲われている。僕は声のある方へ走った。


ルチアが男といた。男はルチアの腕を引き、ルチアは男から腕を振り解こうとしている。明らかにもめている。僕は背中から男に体当たりをした。男はバックパックに当たり跳ねて飛んでいく。茂みの中に突っ込んで、木の葉や小枝を巻き上げて転がって止まった。全く動かない。


あああってルチアは叫んだ。男を助けるため茂みの中に入って行く。そして、男を抱き上げた。男の名を呼んでも、頬を叩いても男は動かない。


「何てことをしてくれるのよ!」


男を抱いたルチアは僕に向かって怒鳴った。助けたのになんか僕が悪いようだ。


「責任とってよ!」


責任取ってよってどういうことなんだろう。ああ、そっか。こいつはルチアとバーにいた男。援助してくれる人が気を失ってしまったということか。


「ぼ、僕が援助します」


ルチアの顔が、えっとなった。抱いていた男を離し、茂みから出て来ると僕の前に立つ。腕を組んで手を顎に当てた。


「あんた、スタンピードを生き残ったんだよね」


「あ、はい。まぁ、そういうことになってます」


じろじろとみる目つきがなんだか僕を値踏みしているようで怖い。やがてルチアは、ははーんってな顔をする。そして、これ見よがしにバックパックを覗き込む。その視線の先には露店の花屋で買った花束があった。


はっとした。そうだ、これを渡さないと。花束をバックパックから取るとルチアに差し出す。


差し出しといて何故か、かぁーっと顔が熱くなってしまう。ルチアはというとニコっと笑顔になってその花束を受け取る。じっと見て、匂いを嗅ぐ。良い匂いと言って、さらに鼻をクンクンさせた。


「いい匂いだけど、なんだか乳臭いわね」


クンクンするルチアは僕に急接近。体は呼吸が出来ないほどに固まっている。けど、体の中は大騒ぎ。頭はドラを叩くようだったし、心臓はドラムを打っている。


「そうか。ミルクをかけられたんだ。あいつらのやりそうなこと」


鼻がぶつかりそうなところでルチアがそう言った。その吐息が僕に掛かる。ガーンと頭をハンマーで叩かれたようなショックが僕を襲う。意識が飛びそうなところを何とか持ち堪える。


「私の部屋にいこ。まずはその乳臭いのを何とかしないと」





ルチアの部屋は八号棟A階段の三階。床にゴミはなく、部屋全体は小綺麗に片付けられている。


というか、片付けるだけの物がない。装飾はカーテンだけ。家具はベッドにテーブル。食器やキッチン用品が一人分一式そろっているような感じだ。


「で、あんた一体、私に幾ら援助してくれるっていうの?」


殺風景なLDKの真ん中でルチアはそう言った。あ、はいと僕はバックパックを下ろす。中に手を入れ、金貨袋を取り出す。ジャリッとテーブルの上に置いた。


「バーと花屋さんで金貨一枚づつ使ったんで、金貨九十八枚だと思うんです」


はっ!か、へぇっー!か、その中間の言葉にならない声を上げるとルチアは目を丸くし、口を押える。


「こ、これ、全部?」


「あ、はい」


ルチアは飛び上がったかと思うとぐっと僕を抱きしめる。凄く喜んでもらえたのは嬉しいけど、ちょっと苦しい。分かった、分かったと心の中で言いつつ、ルチアを体から引きはがす。


離れたルチアは僕の顔を両手で挟むように掴む。ぐっと引き寄せるとブチューって僕の唇を奪った。息が出来ない。僕は突然のことに抵抗する。暴れて離れると息絶え絶えにルチアに向かって身構える。


その姿が滑稽だったのかルチアは声を上げて笑った。ごめん、ごめんと言って近付いて来る。


「初めてなんだ。いいよ。やさしくする」


僕の頬を優しく振れる。僕の胸がドキリと高鳴った。


「シャワーに入ろ。その乳臭いのをなんとかしないと」


ルチアは僕の頭から円形の帽子を取ると肩のケープを脱がす。恥ずかしいので、自分で脱げると抵抗しようとするんだけど、その手をルチアに押さえつけられる。か弱い腕なのになぜか抵抗できない。


「おあいにく。ここはホテルみたく脱衣所はないのよ。脱ぐならここしかない」


アワアワしてる間に素っ裸にされてしまった。僕は前を押さえ、シャワー室に駆けこむ。簡易便所ぐらいの大きさだった。狭くて圧迫感があったけど、服を脱がされる奇妙な期待感というか興奮からは解放された。取り敢えず蛇口を捻る。水道管がごぼごぼと音を鳴らして振動し、詰まっていたのが抜けたかのようにどっど水が出る。


火照った体がさっと冷やされる。体に付いたミルクも流れてさっぱりし、思わず、はぁーっと息をつく。ドアが開いた。振り向くと狭いシャワー室にルチアが入って来ていた。あっと思って背を向ける。


エミーリアに体を洗ってもらったことがあった。けど、あれとは雰囲気もルチアの姿もまるっきり違う。ルチアは素っ裸で僕の背中を抱き、体を密着させている。後ろから回った手は胸やら腹やら、肌を優しくなでていく。明らかに体を洗う手つきではない。


心臓がドラムを打っている。呼吸も荒くなり、喉はシャワーを浴びているのにからからで、股間だけが意気揚々に仰け反っている。その股間にルチアの手が向かっている。僕は両手でガードした。けど、なぜか簡単に振りほどかれる。そこだけはごしごしと洗われた。


あ、あ、っと声が出ていた。向きを変えられる。僕らは向かい合っていた。ルチアの唇が僕の唇を奪う。手はまだごしごしと洗っていた。


ルチアは唇を話すとゆっくりと僕に向けてひざまずく。僕の股間を目の前にして言う。


「すごいのね、こんなの見たことない」


ルチアはそれをくわえる。ルチアが少し動いただけで僕は果ててしまった。凄く気持ちよかった。こんなに気持ちいいのは体験したことがない。ルチアに手を引かれシャワー室を出る。ふわふわして何もかもルチアになされるままになっていた。ずぶ濡れのままベッドに寝かされる。


ルチアは一晩中僕の上で踊っていた。僕らは何度も果て、何度もキスをした。ルチアは喘ぎながら僕の耳元で囁く。


「これで魔法が学べる。聖都ロトルアに行けるわ。ありがとう。あなたのことは一生忘れない」





市庁舎で尋ねるとロイヤルパークホテルはすぐに分かった。市庁舎からワンブロックの距離のところだ。


ホテルのボーイに通された部屋は静けさに包まれている。朝日が昇ろうとしている頃だった。エミーリアはまだ起きてない。


家族専用のスイートルームを取ってくれていた。エミーリアは大人用の部屋に寝ているはず。僕は子供用の部屋に入る。


バックパックを下ろしてベッドに飛び込む。ベッドの感触を頬に受ける。今日からダンジョン探索だ。絶対に最後の部屋を攻略して、“知恵の果実”を手に入れる。体を入れ替えて仰向けに大の字になる。


凄く幸せな気分だ。耳にはルチアの喘ぎ声、舌にはルチアのキスの味が残っている。目を閉じればルチアの汗ばむ姿。肌にはルチアの温もり。息を吸えばルチアの甘い香りが感じられる。


凄く気持ちよかった。天国にでもいるかのようだった。いつの間にか寝てしまい、目覚めるとルチアはいなかった。


聖都ロトルアに魔法を学びに行くと言っていた。そのための援助だった。ルチアなら立派な冒険者になれると思う。いい恩返しが出来たし、僕も童貞ではなくなった。


あ、そうだ。このことをヘルトラウザに報告しなくっちゃ。僕の初めての相手がルチアだったとは。


きっとヘルトラウザも喜んでくれるはず。僕はバックパックの秘密のポケットをまさぐる。けど、ヘルトラウザの魔石の感触が全くない。ぞわぞわっと血の気が引く。


ないはずはない。きっと何かの間違いだとポケットの中を何度もまさぐる。けど、手は空を切るばかり。ポケットをひっくり返す。どこをどう見てもそこにヘルトラウザの魔石は影も形もなかった。

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