Day 60 漣・F・66


 

 ヴィクトリアさん。

あぁ、ヴィクトリアさん。


「ねぇ」

 

あんなに頑張ってヴィクトリアさんを守ったのに、まさか一人で、いや天草さんと一緒に行ってしまうなんて……。

 

「ちょっと、それ何持ってるの」

 

「何って、ヴィクトリアさんの写真だけど」

 

「写真って……取るタイミングあったかしら」

 

「ああ、ヴィクトリアさんが寝てる時に俺が」

「馬鹿ーッ!」

 

腹に重い一撃が入った。

いや俺ちょっと浮いてたぞ、おい!

 

「盗撮! 普通に盗撮! そんな変態に育てた覚えは無いのにー!」

 

「変態って……いや、ただ俺はヴィクトリアさんの顔がいつでもどこでも見たくて、でも写真取らせてくれなんて言えないから……」

 

「写真ぐらい言えば取らせてくれるってのこのチキン! そーゆーところだけは本当ドウセツそっくりなんだから」

 

「父さんもこんな風に殴られてたのか……可哀想に」

 

 俺とナナシム、もとい母さんはあの二人と別れて進む事になった。

母さんは復讐の為。

俺は俺自身の解除の為にファスタニアに向う。

最初の、母さんの遺した物を取りに行くって杢的から少しだけ変わったが、それは問題じゃない。 

 

俺にとって大切なのは……。

 

『もしかしたらどこかであの二人とやり合う事になるかもしれないね』

 

母さんがそう言った事だ。


 

 「それで、次はどこに行くんだよ」

 

「ちょっと予定変更してここに行くよ」

 

名前の付いていない集落が地図には描かれている。

村と言うより街、それぐらい大きな規模の集落だ。

 

「ここでとある人を探すの」

 

「また機械人形の?」

 

「今回は普通の人間……あー、いやそうね、人間よ。ヴィクトリアが居なくなったからね、私の息子を守る人員が欲しいの。メカニガラで聞いた話だとここにその人がいるわ」

 

ヴィクトリアさんぐらい強くて、魅力的な人がこんな場所にいるのだろうか。

いや、いない。


「ファスタニアに着けばムユリが守ってくれるだろうけど……その道中が心配だから。ごほん、その人の名前は漣・F・66」

 

「漣って……え、いやそれって」

 

聞き覚えのある名前と番号。

漣って。


『漣さんって仲間がいたの』

 

ヴィクトリアさんが言っていた人だ。

 

「ヴィクトリアが話していたヨシテルのクローン、その中で唯一ヨシテルの力を受け継いだ最強のクローンよ。きっと今の私より強いから、天草姫雪にだって勝てるはず」

 

「いや、え、さらりと言ったけど母さんより強いの?」

 

「生身なら負けないけど、この体じゃ負けるでしょうね」

 

天草姫雪を倒す為の人員、それが漣さんか。

それ程強いなら、確かに仲間にしたいな。


「母さんの知り合いは強い人が多いんだな」

 

「知り合いなんだけど……仲が良かった訳じゃないし、恐らくだけど向こうはかなり私を嫌ってる」

 

……は?

いやいや、え?

 

「私の事を殺したいぐらい恨んでる可能性があるから、貴方一人で説得するのよ」

 

マジかよ、おい。

 


 

 

 

 「あれだ、ほら口説いておいで」

 

母さんが指差す先にいるのは、少し暗い赤色の髪をした女性だ。

ぶっきらぼうに物を買い、果物皮ごと食べている。

確かに見た目はいい方だとは思う、だがヴィクトリアさんのような可愛らしいってタイプじゃない。

何ていうのだろうか、そう、ドキドキしないんだ。

 

「口説くって言っても……その、どうすれば」

 

「そんなの男なんだから自分で考えなさいよ! 私の息子でしょ!?」

 

ナナシムじゃなくなってからこの"私の息子なんだから"って言葉でゴリ押ししてくる事が多くなった。

そう言われても、無理なもんは無理。

 

「私はこの辺見て回るから、頑張ってね」

 

「ちょ、母さん!?」

 

「ムユリには黙っててあげるからね〜」

 

メイド服をヒラヒラとさせ、母さんはどこかに消えてしまった。

どうすれば……と、とにかく話しかけるか。

 


 「あの、こ、こんにちは」

 

「……何よ」

 

「いえその、挨拶は当たり前かと思いまして」

 

「そうね。だったら私にだけ言うんじゃなくてこの辺の人に言って回りなさい。それじゃ」

 

漣さんは俺の横を、俺に全く興味が無いかのように歩いていった。

実際興味は抱かれていないのだろうが……。

 

「……いい匂いだな」

 

漣さんには、ヴィクトリアさんのような魅力的な外見は無い。

だが、彼女からはとてもいい匂いがした。

 

って、こんな事をぼーっと考えていたら彼女を見失ってしまうじゃないか。


 「ちょっと待って、待って下さい」

 

走って追いかけ、なんとか漣さんに追いつく。

ボロボロのコート、黄色と黒のズボンに長過ぎない髪。

魅力的では無いが、ヴィクトリアさんには無い何かを感じるので、もう少し頑張ってみる。

 

「またアンタ……何よ」

 

「その……えっとですね」

 

しかし何て言えばいい?

とにかく……仲間になって欲しいと言ってみるか。

 

「実は俺、ファスタニアに行く為に旅をしてるんだ。それでその、仲間になって欲し」

「お断り、それじゃあ。あ、もう二度と話しかけないでね」

 

「待ってくれ!」

 

「ハァ……私は断ったわよ? そもそも何で私なのよ」

 

何で?

そりゃ。

 

強いって母さんからきいたから。

「いい匂いがしたから」

 

…………あれ。

いや、あれ、ちがう。

思ってた事をそのまま口にしてしまった。

いやいい匂いだけど、言うのは違うだろ!

 

「あー、アレか、はいはい」

 

彼女は引きつった顔がどんどん暗く怖いものになにっていき。

 

「近寄るな変態野郎!」

 

思いっきり、頬を殴られた。


  

 

 

 「アンタ……嘘でしょ?」

 

「いやここで嘘つく意味ないだろ」

 

夜になって、母さんとご飯を食べながら今日の話をした。

母さんは何も食べられないから、焚き火の火が消えないようにしているだけだが、その手も今や止まっている。

本当は宿を取りたかったけれど、金が無いらしい。

 

「女の子にいきなりいい匂いって……そんなの嫌われて当然、むしろ変態だと思われたでしょうね」

 

「だからもうこのクソ変態野郎って言われて殴られたって」

 

「こ、こんな事なら女の子に対しての接し方とかも教育しておくんだった? いやでも年頃の男の子なんて女の子に対しては上手くやるもんじゃなかったの?」

 

いや、俺をチラチラ見ながら独り言を言わないで欲しい。

上手くやるっていってもなぁ。

……分からない。


「やっぱり性欲がないからか、男なんて性欲で女の子と話してるんだから、それが無いとやっぱりダメか。男なんて下半身に脳がついてるようなもんだし……ねぇ、今まで色々な女の子に会ってきたけど、誰が一番魅力的だった?」

 

「ヴィクトリアさん……なんだけど、あの漣って人からは何か不思議な感じがした」

 

母さんは頭を抱え、困った困ったと唸っている。

確かに天草さんと敵対する可能性がある以上、彼女に匹敵する強さの漣さんを仲間に出来ないのはマズいもんな。

 

「ヨシテルのクローンに私の息子が……いや、ありえるけど……でもそれってヨシテルと息子がくっつくって事よね。あーもー! ムユリになんて言えば……」

 

思ったより悩んで無さそう……かな?

 

「母さん」

 

「ちょっと話しかけないで、考えさせて」

 

その日の夜は本当に一言も話をしなかったし、してもらえなかった。

 

 

 「今日も、いや違うか、今日は! しっかりやってきなさい」

 

母さんはそう言って俺を送り出した。

こんな事ならマイクでも取り付けて俺のかわりに色々言ってくれればいいのにともおもったが。

『ヨシテルも私を嫌いだけど、私もヨシテルが嫌いだから』

そんな理由で、口パク作戦は無しになった。

 

 漣さんは今日も同じ店で果物を買って、それを歩きながら食べている。

よし、相手をヴィクトリアさんだと思って話そう。

 

「こんにちは」

 

「……ハァ」

 

「いきなり殴ろうとしないで下さい!」

 

「身の危険を感じたから変態を退治しようとしただけよ」

 

「だから変態じゃないですってば!」

 

「じゃあ昨日のアレは何よアレは!」

 

何とか挽回しないと……そうだ!

 

「昨日はすいませんでした! その、ヴィクトリアさんから貴女は冗談が通じる人だと聞いていたので、つい……」

 

実際にそんな事言われていないが、ヴィクトリアさんの話が確かなら、彼女達は知り合いだ。

なら、その話をして距離を縮めよう。

 

 「ヴィクトリア? ……どのヴィクトリアよ」

 

「どのって……」

 

確かヴィクトリアさんは、えーっと。

 

「ヴィクトリア・F・306です」

 

俺が答えると、漣さんは驚いた表情をして、俺に掴みかかってきた。


「あの子生きてたの!?」

 

「少し前まで一緒に旅してたんですけど、ファスタニアに向かって行ってしまいました」

 

実際は俺や母さんと一緒には旅なんて出来ないって言われたから一人で……天草さんも一緒だが、行ってしまったんだけどな。

 

「嘘くさいわね、あの子は仲間を絶対見捨てないし、守る子よ? 仮にアンタと一緒に旅をしていたのなら、最後まで一緒に行くはずよ」

 

「証拠ならありますよ」

 

疑う彼女に、俺はヒューマギアを取り出して見せつける。

これはヴィクトリアさんから貰った物だし、戦争でも使われた物だ。

これで……。

 

「ヒューマギア? そんなの探せばいくらでもあるでしょ」

 

「え、そ、そうなんですか?」

 

予想外の言葉が帰ってきて、自信たっぷりに見せつけたヒューマギアをすぐにしまった。

 

「それは戦争時の標準装備よ、そもそもヴィクトリアにヒューマギアの専用装備なんて存在しないわ」

 

困った。

切り札だったのに。

……いや待て、これならどうだろうか。

ヴィクトリアさんから貰ったもう一つの武器なら。

 

「それじゃあコレはどうですか」

 

ここには武器を持っている人は大勢いる。

なのでこの銃も目立ちはしない。

だから、出してもいいだろう。


「ヴィクトリアさんから貰ったもう一つの武器、ヒューマトロンです」

 

これを取り出した時、漣さんは俺を見ていなかった。

彼女の視線は、ヒューマトロンのグリップ近くの刻印に向けられていたと思う。

"FK01Model ver00"

そう刻まれた場所をじっと見て、やっと俺を見た。

 

「ヴィクトリアがこれをアンタに?」

 

頷くと、漣さんは『そっか』と小声で呟いた。

 

「名前、聞いてなかったわね。知ってるかもしれないけど、私は漣よ。漣・F・66、よろしくね」

 

「よろしく。俺は……名乗りたいんだけど、名前が解除されてないんだ。だから……好きに呼んでくれ」

 

「クローン? 人間?」

 

クローンも人間だろと答えると、『そう言う事じゃなくて、クローンならシリーズから名前がわかるから聞いた』と返された。

 

「それなら人間だよ、両親の名前も知ってるからな」

 

「あっそ、興味ないから両親の話は話さなくてもいいわ。それより何で私に声をかけて来たのか、そして私を連れて何をしたいのか、どうするのかを話して」

 

俺はこれまでの旅の話をした。

もちろんレーヴェを殺した話は伏せて、ヴィクトリアさんと旅をした話をいくつかした。

彼女は黙って話を聞いていたが。

 

「それで、ヴィクトリアさんと母さんが漣さんは強いって言っていたので、力を借りたくて」

 

「ヴィクトリアはわかるわよ、でも……さっきの前言撤回、アンタの母親の名前は何?」

 

「名字は知らないけど、双凜だ」

 

漣さんは顔をしかめて、俺を睨んだ。

 

「へぇ〜、双凜さんの息子さんかぁ。あの双凜さんの息子ならさぞ強いでしょうに」

 

「いや、俺はその」

 

「それともアレかしら? 私の体が目当てだったりする訳?」

 

………………はい?

いや、いやいやいや。

 

「違う! そんな訳ないだろ!」

 

「そうじゃないなら何で私なのよ! 双凜さんの息子ならどんな敵でも」

「俺は母さんみたいに強くないんだ!」

 

漣は『本当かしら』と文句を言っていたが。

 

「私もそろそろ終わりたくてさ、丁度いいから付き合ってあげるわ。ヴィクトリアがそれを渡すぐらいの人何だから……あ、アンタは信用してないわよ? ヴィクトリアの事を信用してるだけなんだから!」

 

彼女は、ついてきてくれるらしい。

 


 

 

 漣さんを連れて母さんの所に戻ると、とてもキラキラした目の母さんがそこにはいて、親指を立てていた。

 

「流石私の息子! やればできるじゃない!」

 

そう言いながら抱きついて来た。

悪い気はしないが、漣さんがすごい顔でこっちを見ているので止めたほうがいいのかもしれない。


「……アンタの母親は双凜さんって聞いてたんだけど」

 

「私の事話してなかったの?」

 

母さんは俺の頭を小突き、漣さんに向き合った。

ゴホンと嘘の咳をして。

 

「久しぶりね、ヨシテルのクローン」

 

いつもより少し低い声で話を始めた。

少し身構えているようにも見えるが、きっと漣さんが母さんよりも強いから警戒しているのだろうと推測する。

 

「漣です。……その呼び方、本当に双凜さんなんですね」

 

「ええ、それで一つ聞きたいんだけど……ヨシテルの記憶を持ってるんでしょ? 私を恨んでないの?」

 

漣さんが取り出した二振りの刀。

一つは全てを飲み込みそうな漆黒の鞘で、もう一つは全てを照らすような白色の鞘で、汚れ一つ無く輝いている。

 

「それ、ヨシテルの刀よね」

 

「こっちの白色の刀にオリジナルの私の記憶が入っていますが、あまり覗いてませんから、オリジナルと双凜さんに何があったのかまでは知りません。ですから双凜さんに対しての恨みなんて……あ、あります」

 

漣さんが少し笑った。

 

「最後まで一緒に戦ってくれるのかと思ってましたから、最後の作戦の時に会えなくて悲しかったですよ」

 

恨みが大した事ないと分かった母さんは落ち着いた様子で、『ごめんごめん』と謝っていた。


 目の前の二人は戦争で戦っていたが、俺にはその経験は無いし、もうする事もないだろう。

ちょっと、羨ましいと思うのはおかしい話だろうか。

 

「……って訳で、ルールー家の現当主が作ったこの体に私の記憶を乗せてるの。擬似的な生き返りかしらね」

 

「めちゃくちゃだけど、あのルールー家の人ならやりそうですね」

 

「そしてね、あのルールー家の新しい一員がこの子の予定なのよ」

 

母さんが戻ってきた俺の頭を撫でる。

二人はこれまでの話をしていたが、その間俺は買い出しに行っていたので中身は知らない。

母さんのは分かるけど、ね。

 

「双凜さんにベッタリだったあの人が、息子さんを?」

 

「あの子が大好きなのはドウセツと私。そして私達の子供となれば二人のいいとこ取りみたいな物だからね、息子をムユリと結婚させるって条件で今は味方してくれてる」

 

「へぇ、アンタ婚約者がいたのに私の体を狙ってたんだ」

 

誤解だ。

そっちが変な予想しただけで、俺はそんな事一言も言ってない。


 母さんその目は止めてくれ。

笑顔なのに別の感情が伝わってくる。

 

「ヨシテルに欲情って……ありえるけど、ありえるけど止めて欲しい」

 

「誤解だって! 俺の性欲は解除されて無いの知ってるだろ!」

 

「あー、双凜さん。息子さんにこう言われ……脅されたんですよね。『俺の性欲が解除されたら相手しろ』ってね」

 

漣さんはあまり冗談を言わないタイプだと思っていたが、人は見かけによらないな。

だって母さんにボコボコにされるような嘘をついて、殴られている俺を見ながらニヤニヤしているんだもん。

 

「お、覚えてろよ」

 

「ふーんだ、変態みたいな事言って迫ってきた罰よ罰!」

 

「話はまだ終わってないから、よそ見するな。それに足も崩すな!」

 

出発するまでの間、俺は母さんにただの暴力と言葉の暴力を受け、ボロボロにされた。

 

次に向うのは心街 アブイラ。

ここでとある物を手に入れておくらしい。


 


 


 


 


 


 



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