世界一最低で平和な僕の国
ミヤツキ
第1話
理想がなければ、人は現実では生きていけない。
「僕が守りたかったのは笑顔の世界じゃない、泣かない世界だ」
小学生の頃の夢を忘れられない僕の、平和を守る一週間のお話。
「みんなはどんな世界に行きたいですか?」
まさに憲法改正の時期、小学生だった僕は何回かこの内容の授業があった。
題して、特別授業―。
フルーツバスケットやドッジボールができるんじゃないか?というワクワクした気持ちは、第一回目にして裏切られた。
どんな世界に行きたいか?どんな大人になりたいか?
絵や文を書いてもいいし先生に話してもいい。
どんな形でもいいから教えてほしいと言われたのだ。僕は先生に言った。
「みんなが泣かない世界がいい!」
「いいね!みんなが笑っている世界?」
「ううん、泣かないの!泣かないのがいい!」
「そ、そっか!それは…
ー平和な世界だね。
「へーわ?へーわって何?」
…あの時、先生がなんて返したかはもう覚えていないけど、とても考えこんでいた記憶がある。
一番子供に伝えやすいみんなが笑顔になれる世界、を少年に否定されてしまったからだと、今になれば理解できる。
みんなが笑顔なんてものは理想を通り越して幻想だ。
それよりも、誰かの悲しい涙がうれし涙や感動のために流れる涙になる。
それが僕の理想だったし、全員が悲しい涙を流さない世界―は無理だとしても、一人また一人と涙の意味を変えることはできるはずだと信じている。
…平和を守る仕事をする僕はその憲法を作ってくれた首相にこの日呼ばれた。
―――そこで僕の今までの常識は一気に崩壊した。
×月10日 15時
憲法が十五年前に改正され、存在しなかった第0条が現れた。
この国の憲法第0条の1と2はとても簡単に言うとこうだ。
皆、お互いの意志を大切にするために自由な方法を使って話し合う事。
皆、絶対に平和を守ること。暴力や殺人は理由次第で平和守護官が一生牢屋から出さないよ。ってこと。
僕は小学6年生の甥っ子に憲法が難しくてわからないと言われた時こう説明した。
甥っ子は言った。
「自由な方法で話していいの?」
「ああ、ロボットを使ってもいいしスマホで話してもいい、手紙でも絵でも、なんでもいい、理解し合うことが大事なんだよ」
「ふーん……それは、拳でもいいの?」
甥っ子は、無邪気にガッツポーズをする。
「だめ」
「なんで?」
「痛いだろ、痛いのは嫌だろ?お前も」
「でも、この前読んだマンガに、拳で話し合うのは友情だって」
ほほう、攻めた漫画を出したもんだ。あとで尋問をする必要がありそうだが。
「それしたらおじさんにつかまっちゃうの?」
「そうだな、一方的だった場合は特にな」
「ええー、やっば」
小学生の甥っ子に特に必要な第0条の2が、いまいち伝わっていないことに僕はため息をつく。教育でこそ、これが普通だと教えなければいけないというのに…。
そうでなければ平和守護官の僕らがどれだけ制裁を加えても、苦しみは減らない。
苦しみを減らすために首相は憲法を改正したのだ。
小学生の苦しみも見逃さない、国民すべてに向き合うと宣言している首相は僕の憧れでもある。
そんな首相にある日、呼ばれて僕は官邸に足を運んだ。
常日頃話す関係であり、この日も首相室へ案内される途中、突拍子もない質問をされた。
「あなたは、普通や常識を疑ったことはありますか?」
首相は、こんな風に僕を試すような質問を毎回してくる。その度に僕は返答に時間がかかっていたが、今日は即答だった。
「いいえ、一番疑わなくて済むことですから」
社会人がメールを送るためにパソコンを起動させるように、平和守護官の僕は当たり前に人を疑うことを生業としている。
だから至極真っ当な答えを返した。
隣にいた首相は、目を見開いた。
「ははっ、一番疑わなくていいことですか…」
「…首相は疑ったことあるんですか?普通や常識を」
僕は笑われてしまったので、不服そうに聞いた。
「毎日です、普通や常識を疑わなければ全国民の意志を聞くことはできませんから」
僕はその言葉の意味がよく分からなかった。
日本語としては聞けるのに、文章の意味が全く追いつかない。
こういう言葉を聞く度に、首相は僕よりはるか遠い所にいる気がする。
首相は、ふう、と一息つくと本題に入った。
「…今日、あなたにお越し頂いたのはある任務を遂行してほしくて」
「任務?」
首相が、何かしらの任務を僕ら平和守護官に与えるのは初めてだ。
平和守護官というのは国に認められたその名の通り、平和を守る人である。
実務上、首相からの任務で動くわけではなく
暴力や殺人などを行った者に対して、理由次第で終身刑を言い渡す者。
もちろん、当事者たちに聴くことを前提に理由はしっかりと調べる。
中には、被害者に暴力を振るわれていたものもいる。そういうものは例外だ。
脈拍を正確に読み取ったり、汗を感知したり、癖を見抜いたり、声の震え、目の泳ぎを観察し心理を読み取り、嘘を暴くためにロボットを使うこともある。
あえて批判して相手をヒートアップさせ自白させたり、優しくその人目線に立って一生かかっても理解できない思考に寄り添うふりをして自白させる手段も使う。
人間の嘘や変化する心を疑い、鋭く切り込むのが僕らの仕事だ。
「任務なんて…初めてですね、何かあったんですか?」
僕は首相に聞いた。
「……実は、私宛てに殺害予告が書かれた脅迫文が送られてきまして」
不思議なほどに声色の変わらない首相の声が少し揺れたような気がした。
「…脅迫文?」
僕は眉間にしわを寄せた。
「ええ、一週間後の十七日に、私を殺すという予告が来まして」
「差出人は?」
「出所がわからないんです、悪戯かもしれないし本気かもしれない」
悪戯だったにしろ、何かしらの罪にはなると思うが。と僕は思った。
「話し合うにも差出人がわからないので…」
「その差出人を探す任務ですか?」
僕が聞くと首相はうなずいた。
首相はスーツの上着の裏から、封筒を出した。
何の変哲もないただの茶色の封筒。
僕はその中身を開けると、無機質なたった一つの文章が白紙の上に並んでいた。
―一週間後の十七日、和門首相を殺します。
期限は一週間か…。
「…今、平和守護官が終身刑を言い渡した者の周辺調査を警視庁、探偵にお願いしています」
「平和守護官の?……首相が終身刑の最終判断を下しているから、ですか?」
「ええ、その通りです」
終身刑を言い渡された本人の家族や友人を調べてるってわけか…。何とも複雑な気持ちになった。
「あなた方の功績を否定するわけではありません、あくまで誤った解釈を彼ら彼女らがしていないか…、それが知りたいのです」
「わかっています」
僕の元にも、頻繁にメールや電話がくる。ヒステリックな人間たちのクレームだ。
あいつはやってない、お前らの目が節穴だ、偽善者め、うちの息子を返してなど。
ロボットがすべて対応し、そのあと我々平和守護官がなぜ彼ら彼女らはこういうクレームをするのか?について一つ一つ話し合う。
その原因はたいてい、歪んだ愛情や大げさな自分勝手な解釈などであって、それで片づけていいものなのか?については日ごろから討論をかわしている。
それでもすぐには変え難い状況に、待ってられないものが動いた可能性は高い。
「……ほかに疑うべきものはいるんですか?」
僕は聞いた。
「…全員です、国民全員、あなたも含めて」
首相のまっすぐに僕を見るその瞳が揺らいでいた。
続
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