第三話「天への道」


意識が戻った時、慶太は知らない天井を見上げていた。


――石造りの柱、畳の香り、静寂な空気。

京のどこかにある古い屋敷の一室。枕元には翡翠が眠っていた。顔に安堵の色が浮かぶ。


「ひすい……無事で……」


かすれた声を絞り出した瞬間、襖が静かに開いた。

現れたのは、あの仮面の男と、もう一人。体格の良い、筋肉質の男だった。


「目が覚めたか。やっとだな」


仮面の男が言った。仮面を外し、顔を見せる。


整った顔立ち。どこか飄々とした空気を纏う青年だった。


「お前は……」


「仮面の男、じゃなんだからな。俺の名は――真神ヒサギ。“天”の一員だ」


隣の大男も軽く頭を下げる。「俺は伊達ショウマ。同じく“天”所属。よろしくな、慶太」


慶太は身体を起こす。

痛む腕を押さえながら、翡翠の安否を確かめた。


「翡翠は……?」


「無事だ。少し気を失ってるけどすぐ目が覚めるさ。……すまなかったな。だが、お前の“力”を見るには、ああするしかなかった」


ヒサギの言葉に、慶太の拳が震える。


「ふざけんな……翡翠をあんな目にあわせやがって……!」


「だが、それでお前は目覚めた。“虹”の幻気。この世界を護る力に」


楸の瞳が鋭く光る。


ピリついた空気を遮る様に彰真が穏やかな口調で語る。


「“天”とは、妖怪討伐を担う裏の組織だ。

この国には、人に害をなす妖が潜んでいる。百鬼夜行――それは、やがて来る闇の祭り。

人と妖の世界が重なり合い、均衡が崩れる。お前の父――神谷蒼太も、それを止めるために戦った男だ」


慶太は言葉を失う。


「……親父が……」


「蒼太さんは“天”の中でもかなりの使い手だった。だが、ある戦いで命を落とした。君がその息子であり、“虹”の気を持つなら、俺たちは無視できない」


楸が言葉を継ぐ。


「“幻気”には七つの系統がある。“晴・雨・雲・雷・嵐・雪・星”。だが、伝承の中でしか語られていない力がある。それが慶太。君のもつ"虹"

の力だ。

その力は、我々の敵――妖王ぬらりひょんを止める鍵になる。いや、お前がその“鍵”かもしれない」


慶太は拳を握った。混乱して説明されても何が何だかわからない。だけどはっきりしていることがある。それは悔しさだ。

昨日の無力感。翡翠の涙。何も守れなかった自分への。そして幼き日、目の前で母を失った過去の自分への…。


「……俺は……あんな思い、もうしたくねぇ……」


慶太は翡翠の眠る姿を見つめ、ゆっくりと立ち上がる。


「教えてくれ。戦い方を。俺はもう、誰も失いたくない。力があるなら、使ってやる」


楸は口角を上げ、うなずいた。


「うん、いい目をしてる。これからは仲間として歓迎するよ。“虹”の幻気の使い手、神谷慶太」


こうして慶太は、“天”の一員としての道を歩み始めた。

まだ知らぬ闇と、宿命に導かれながら――


──続く。

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