オカミキ様

岡村 史人(もさお)

オカミキ様

 ――友達の友達から聞いた話だ。


 なんてこういった前フリから始まると、いかにも都市伝説めいていて、胡散臭いことこの上のないのだが、実際にそうなのだから仕方がない。


 それは今から数年前。オカルト好きの友人に誘われて行ったオフ会での話になる。

 そのオフ会は、好みの偏った人たちには珍しく、オカルトに興味のないヤツを趣味に引き入れよう!という、若干アクティブかつはた迷惑な集まりだった。


 そこに引き入れられた俺は、当然後者。

 しかし友人の堀部ほりべが飲み代を持つということで、二つ返事で参加を決めることにした。


 堀部とは高校時代からの付き合いだ。彼は当時からホラーオタクで、学内で映画研究会を立ち上げるなど、意欲的な男だった。

 一方俺は唯のクラスメイトだったのだが、所属していた部活が災いした。

尼寺あまでら、君演劇部だろ?僕の映画のエキストラやってよ。殺人鬼役」

 初見からなんてことを頼む男だと驚いたが。しかし彼は人見知りも物怖じもしない男だったから、堂々とそんな提案をする彼に、俺が興味を持ったのがきっかけだった。


 その辺の縁がきっかけで、今でもたまに飲む程度の仲になった。


 もっとも、彼のホラー趣味には、最後まで染まることはなかったが。


 ……で、タダ飲みの代償として、俺はこうして酒のアテにして不気味な話を聞く羽目になっているというわけだ。


 堀部が紹介したのは、菊池きくち君という青年だった。山系ブランドのパーカーやパンツに身を包んでいるので、山好きなのかと思って話題を振ってみたら、案の定そうだった。

 彼とはすぐに打ち解けた。俺も登山がすきだったからだ。


 ある程度場が温まったところで、「さて、尼寺さん。そろそろいいですか?」と世間話もそこそこに、菊池君は尋ねる。そろそろ怪談を話したいということだろう。


 名残惜しい気はしたが、元々そういう会であるので仕方ない。

 俺は頷いて、話の続きを促した。


 菊池くんが語ったのは、いわゆる地元に伝わるフォークロアだった。


 菊池くんが小学生の頃の話である。

 当時学校では、「オカミキ様」という名前のおまじないが流行っていたのだという。


「何でカミキ様なの?有名人からとったとか?」


 と少し茶化して言うと、菊池君は「違いますよ」と軽く笑いながら否定した。


 名前の由来は、説明の書かれた立て札にある神木しんぼく、という言葉を子どもが“カミキ”と誤読したのがきっかけらしい。


 それは菊池君の学校で昔から流行っている特別な呪い(まじない)なのだという。


 とはいえ内容はコックリさんの亜種といっても差支えないだろう。

 五十音順を書いた紙に鳥居を書き、神社に落ちている御神木に鉛筆を赤い紐で括りつけて、オカミキ様を卸して占いをする。


 鉛筆を使うというところは、コックリさんというよりは、エンジェル様に近いかもしれない。


 しかしそれ以外は何の変哲もない、よくある降霊の儀式だった。


 一つ違うのは、その田舎版コックリさんは儀式の手間と後始末が大変ということ。

 そして、予言の的中率が“かなり”高いということだった。


「かなり高いって……こういう時って的中率は100%が普通じゃないの?」


「だからいいんです。逆に全部当たっちゃったら、怖いじゃないですか?」

 そういって菊池君は眉根を寄せた。


「僕的には逆に100%的中するよりも、希望があっていいと思うんです」

「でも、当たらない時があるんなら予言じゃないんじゃないか?」

「そういう見方もありますけど――」


 語りが増えて、喉が渇いたのだろう。菊池君はビールを口に含んで湿らせるようにしてから続けた。


「例えば、近々転んで怪我をすると予言を聞いて、転ばないように気をつけても結果が変わらないんじゃ、いっそ聞かなければよかったと思うじゃないですか?」


「確かにそうかもしれないね」


「でも気をつけたら、転ばずに済んだら?

 だからいいんです。未来は変えられるってことの証明じゃないですか」


 まぁ、そういう考え方もあるのか。

 俺がビールを煽ると、彼もまた合わせる様に煽った。


「これは実際にあった話なんですけど⋯⋯」

 そう言うと彼の周りの温度が少しだけ下がったような気がした。


沙耶さやちゃんて子がカミキ様をやって、自分の未来を占った事があるんです。そしたら、もうすぐ事故に遭ってケガをするって予言されましてね」


「実際あったのかい?」


「ええ、ありました」


「へぇ、それはまた⋯⋯」


 事の顛末てんまつにどう反応していいのかわからず、言葉を濁す。


「けどね、彼女は予言の後に気を付けて、車通りの少ない場所を選んで帰っていたんです。それで、普段の車通りの多い道じゃなく、畑の細い一本道を通って帰っていたときに、徐行する軽トラにぶつかって、ちょっと打撲を負ったっていう」


「それでぶつかったってんなら、

 予言のせいでケガを負ったように俺には思えるがね」


 そういうと彼は苦笑して言った。

「沙耶ちゃんの親も、尼寺さんと同じ反応でしたね。登下校の道を歩かなかったからだ、と叱られたって言いましたけど、問題はそこじゃないんです」


「というと?」

「少なくとも、気を付けてりゃ怪我の程度をコントロールできるってことでしょう?逆に気を付けてなかったら、どうなってたかって話ですよ」


 ……そういうものだろうか?

 何だか煙に巻かれたような話だが。


 さて、そんな風に地元で流行っていたオカミキ様だが、意外にもやる子供はそれほど多くなかったという。

 何せこの儀式は用意も手間も通常よりかかる。

 神木の枝は当然折ったりしてはならないから、落ちているモノを拾わなくてはならない。これは暗黙のルールだったという。

 また、終わったあとは御神木にお参りして、家の前で神木の枝を燃やさなくてはならないらしい。


「それがオカミキ様のルールだったのですが……話はここからなんですよ」

 そういうと、菊池君は居住まいを正して、秘密の話でもするように少し前かがみになった。


 その後沙耶ちゃんが事故に遭ったこともあり、オカミキ様は学校で禁止されてしまったのだという。


 しかしやるなと言われると、やりたくなるのも子供の性というものだ。


「名前はそう、仮に琴音ことねちゃんとしておきましょう。その子がね、好きな子の好きな相手を知りたいってんで、オカミキ様をやるってことになったんですよ」


 生徒数も少なかったし、直接聞けばよかったのに、ねぇ。と菊池君は続ける。


「けどね、残念ながら件の事故で、管理者もよほど神経質になったんでしょうね。

 落ちてる神木は、その日のうちに取り拾われて、いつ行っても枝木一つと落ちてなかったそうです」


「そりゃまた、随分大げさな話だな」


 大人がそこまでやるとなると、沙耶ちゃんの事件は、田舎では大事件だったのかもしれない。


「そこで諦めたら良かったんですがね。

 琴音ちゃんて子は、クラスのリーダー格で気が強い性格だったんです。それで痺れを切らして――」


 御神木から、枝を折っちゃったんですよ。


 途端に菊池君から、表情がストンと抜け落ちる。それは彼の語りの妙なのか、無意識なのか。判ずることは出来なかった。


「それはまた――良くないことが起こりそうな話だねぇ」


「ええ、実際にその時やったオカミキ様は、穏やかなものじゃなかったそうです。

 琴音ちゃんが、何を聞いても怪我だの事故だの、そういう予言しかオカミキ様はしなかったと聞いてます」


「⋯⋯それは誰から聞いたんだい?」


「それを話したら、つまらなくなるでしょう。ともかく、怖くなった琴音ちゃん達

 は早々に儀式を取りやめたそうです。でも、この儀式には続きがある」



「家の前で神木を燃やすっていう?」


 そうです。と、菊池君は頷いた。


「でも今回に限っては、誰も始末をやりたがらない。最悪な予言ばかりでしたから、言い出しっぺの琴音ちゃんすら嫌がった。

 ――それで結局グループの中で一番気の弱い女の子に押し付けて、帰ってきたそうなんです」


 大人も子供も残酷なことだ。


「当ててみせようか?

 その子、事故に遭ったんだろう?」


「いえ、死にました」


 そういって、菊池君は割りばしをパキリと割って、何を取るでもなくテーブルの上に置いた。


「――え?」


 予想外の台詞に絶句し、俺は摘まんでいた枝豆を床に取り落とした。


「帰り道の歩道橋で、足を踏み外して……首の骨を折ったんだそうです」


 途端に嫌な汗が体中に噴き出してくる。


「じゃ、じゃあご神木はそれっきり?」


「いえ?どうやらその子も、ご神木を持って帰るのも怖かったらしくて、次の日琴音ちゃんの机の上に、枝が置いてあったそうです。

 ……まぁ、本当にその子が置いたのかは、わかりませんがね」


「そ、それで、ご神木はどうなったんだい?」


「そこからはもう、グループでの押し付け合いですよ。

 それで喧嘩になって、結局無関係な気の弱い女の子に、

 琴音ちゃんはご神木を押し付けて帰ってきたそうです」


「じゃあ、その子も?」


「いえ、生きてますよ。

 でも、その子も帰り道に事故に遭って大怪我をしましたけど。

 ……でもそうなるともう、偶然では済まされません。

 子供同士の秘密の許容範囲外です」


 どこか侮蔑を交えた様子で菊池君は乾いたように笑った。


「結局グループの中の女の子が、神主さんに相談をしたことで、

 琴音ちゃんのしたことが発覚して……彼女は学校に行けなくなってしまった」


「行けなくなるって?」


「だってそうでしょう?禁じていた事をやって、人死にまで出てるんです。

 偶然だなんて言っても、迷信深い人たちはにとっては、彼女はどうみえるでしょうか」


 分かりきったようなもんでしょう。吐き捨てる様に菊池君の目は暗かった。


「ああ、そうそう……ご神木の枝は、やはりその次の日、

 琴音ちゃんの机にあったそうですよ。

 ……べったり、女の子の血に塗れて、ね。

 ――神主さんが回収して行きましたけど」


「君は随分とこの話について詳しいけれど――」


 一体どういう立ち位置だったんだい?


 すっかり温くなってしまったビールを飲み干すと、俺は自分の杯にビールを注ぐ。


 舌にまとわりつく苦みが今だけは煩わしい。


「琴音はね、僕の姉なんですよ」


 溜息を吐くように、菊池君は答えた。


「それから暫くして、ウチは地元から追われるようにして、その土地を去りました。僕もしばらく何人かの友人とは交流も続いてたんですがね、その子に聞いたんですよ。結局あの後、あの学校でオカミキ様を姉とやった子は、全員事故で死んだって」


「じゃ、じゃあお姉さんも――」


「いえ、姉は元気ですよ。幸いなことにカミキ様も遠くまでは災厄を飛ばせないらしくて、助かったみたいなんです。といっても、今も引き籠ったまま出てきませんけど。でもねぇ……」


 僕、どうしても納得がいかなくて。

 そう言って菊池君は残っていたビールを一息に飲み干した。


「だって、姉さんが本来の元凶で、周りは皆被害者じゃないですか?」


 俺は返事をするのをやめて、彼の空のグラス瓶にビールを注ぎ込む。


「姉さんさえ約束を破らなきゃ、皆も僕もあの土地で幸せに生きてたんですよ」


「――だから僕、この間地元に久しぶりに帰ってみたんです」


 酔っているのか彼の表情は笑顔だが、目はまるで濁りきった水たまりのような色をしていた。


「子供が沢山死んだからかなぁ、過疎化が進んで限界集落みたいになってましたけどね。神社の枝木も手入れされてなくて落ち放題。だからね、僕……オカミキ様、やってきたんです」


「――それで君は、何を願ったんだい?」


「願いなんて何も……ただ教えただけです」


 そういって、菊池君は俺の注いだビールを少しだけ煽ると、うっとりと嬉しそうな顔でテーブルの上にグラスを置いた。


「教えた?」


「ええ、僕の――家の住所を」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オカミキ様 岡村 史人(もさお) @Fusane

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ