第1話 日課の祈りと誘い
リルカは今日も、所属する孤児院の片隅にある、かつては物置だった小屋の中で、己が主神として拝神している【死と輪廻の神ローディス】の自作祭壇をせっせと整えていた。小さな石積みの祭壇に、『神印』――神そのものを表す記号のようなもののことだ――を刻んだ大きめの石を設置しただけのそれは、今のリルカの精一杯だった。
【死と輪廻の神ローディス】は、とても人気のない神だ。三千年前は「死とかついてるし、怖いし、逸話も暗いし……」という感じで不人気だったのだが、現在、そしてこの地ではもはや「そんな神いたっけ?」というくらいの影の薄さだったりする。その原因の一端を担う者としては、少しでも信仰を捧げたいところだった。
なのでこうして、まずは祈るための祭壇を作ったのだが、やはり個人で作るには限界があり、簡素なものだ。そもそも、個人で祭壇を作る――そこから為さねばならないことに涙が出そうになるが、そこは堪えて。
できる限りのことをした後は、日課の祈りを捧げる。祈りとは、つまり拝神する神に魔力を捧げることに他ならない。少なくとも、リルカにとってはそうだった。
祭壇を前に、『神印』の力を借りて、己の中の力……つまり魔力を意識して、強く、拝神する神を思い描く。かつては絵物語の中の姿を思い描いていたが――なにせ【死と輪廻の神ローディス】は人間の前に姿を現さないことで有名だった――実際に目にしたことのある今は、その時の姿を思い浮かべることにしている。
しばらくして、すぅっと魔力が流れ出でる感覚に、祈りが届いたことを確信した。
じゅうぶんに祈り、魔力を捧げたところで、目を開く。と、背後から声がかけられた。
「また『古き神』に祈ってるの、リルカ」
「……ユハ」
リルカは振り返り、そこに立つ幼馴染を見遣った。
茶の髪に、揃いの茶の瞳。ありふれた色彩――けれど整った容貌を持つ彼の目に非難じみたものが浮かんでいるのに苦笑する。
孤児院出身の同士であり幼馴染でもある彼は、リルカが『古き神』――【死と輪廻の神ローディス】と【癒しの神ユースリスティ】という、リルカが拝神している二神に魔力を捧げるのを快く思っていない。というのも、現世では魔力を使った『魔術』が一般的になっていて、魔術以外に魔力を使うことは、無駄である――魔力を無為に消費するのと同じようなものだ、という考えが普通になっているからだ。
それは考え方の違いなので、リルカは気にしていない。そもそも、拝神することによって、神々からは『神術』という強い力を得られるので、無為に消費しているわけではない。――リルカは神術を目的に拝神しているのではないので、これはユハを説得するのに使ったことがある方便なのだが。
けれど、この幼馴染は、リルカが神術を使う様子がないことから、方便が方便であると正しく理解して、リルカが『古き神』に魔力を捧げることをもったいないと感じているらしかった。
「先に言っておくけれど、何度言われても、ローディス様たちに魔力を捧げるのはやめないわ」
「……せめて、器にある分をギリギリまで捧げるのはやめない?」
「やめない。魔力を他に使えない状態でも、日常に支障はないもの」
「その感覚が、もうおかしいと思うんだけどね……」
ユハが溜息をつく。しかしこれはもはや『いつも』のやりとりなので、リルカは気にせず立ち上がった。
人間には、生きるのに必要な魔力というものがある。リルカはその分だけを自らの魔力の器に残して、他はすべて拝神している『古き神』に捧げる毎日を送っている。よって、どんなに少ない魔力で発動できる『魔術』であっても、使うことはできない。それを常として許容している、それこそがおかしいとユハは言っているのだった。
「それで? それを言うだけのためにここまで探しに来たの?」
「リルカが部屋にいないときは大抵ここだから、探したとまでは言わないよ。……この間から言ってる、『魔術学院』の見学、どうかと思って」
ユハは、実際に魔術に深く触れればリルカの考えが変わると思っているらしく、事あるごとに彼の通う魔術学院の見学を勧めてくる。あまりにもしつこい勧誘に根負けして、一度だけなら、と答えたのが先日のこと。彼はさっそく、その段取りを整えてきたらしい。
仕事でも入っていれば断る選択肢もあったが、ちょうど今日の仕事は休みである。ユハはそれを知っていて誘いに来たのかもしれなかった。リルカが日々請けている仕事については、ユハもおおむね把握しているので。
一度付き合って、それでもリルカの考えが変わらないとなれば、ユハも考えを改めるだろう――半分くらいは願望だとわかりつつも、リルカはそう考えて、ユハの提案に頷いたのだった。
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