殺伐としたゲーム世界へ颯爽と現れたオレ。与えられたスキルが愛嬌なんだが!?

あんぜ

第1話 グリッチャー則人

 オレの名前は堂島 則人どうじま のりと。どうやらオレは異世界へ飛ばされちまったらしい。それもオレが大学の頃、さんざん遊び倒したダイモンズソワレの世界だ。


 オレはこの世界へ来てすぐ、ピーンと来たね。この仄暗さ、臭い、殺伐とした人間たち。間違いない。通称、魔霊の夜の夢。ダイモンズソワレの世界だと!


 ダイモンズソワレの世界は力が全てだ。喩えどれだけ強力なNPCでも、それを上回るレベルを得てしまえば容易に殺し、アイテムを奪うことができる。オレはこの殺伐とした世界観が好きだった。惚れに惚れこみ、幾度となくプレイした。


 正統派なプレイ以外にも、グリッチと呼ばれるズルも心得ていた。なぁに、チートとは違う。チートはクソだ。チートはゲーム自体を改造する。あれはよくない。グリッチは言わばちょっとしたシステムの抜け穴だ。修正されない限り、プレイヤーの正当な攻略手段だ。それを利用して低レベル攻略を行うのだ。



 ◇◇◇◇◇



 オレは最初に出会うNPCのひとり、タンバサンから情報を得て、小さな島の廃教会へやってきていた。とはいえ、ほぼほぼ一本道で他に行ける場所がない。この廃教会の主であるマルベロンという魔霊に先へ進むことはできない。


 マルベロンとの戦いは、要は確定演出だな。殺されることで先へ進む、イベントのようなものだ。だがこのマルベロン、ちゃんとHPバーが表示されて削ることができるのだ。血を流すなら殺せる。それがこのダイモンズソワレのプレイヤーの合言葉だ。


 マルベロンは一発二発、殴られればこっちは死んでしまう。ただ、この世界に来た以上、死んでしまうことは避けたい。なにしろ、死んで生き返れる保証なんてないからだ。そこで使うのがグリッチなのだ。



 オレは慎重に廃教会の廊下を進んでいった。教会と言っても、よく見るようなチャペルとは程遠い。なんていうか邪教の神殿だ。石積みでつくられているのが丸わかりで、ところどころ崩れている。ただこの崩れた壁というのはシステムの抜け穴になりうる。


 廊下に居る、生きてるんだか死んでるんだかわからないような人型の攻撃を盾で防ぎながら手にした長剣で斬り裂いていく。慎重に進まなくても容易に倒せる相手だが、鎧が無い今は、こんな相手でも油断すれば簡単に殺される。そういうゲームバランスだ。とにかく、最初は感触をつかむためにも慎重に戦っていった。


 進んだ先の廊下には鎧で完全武装した騎士がいた。このゲームの騎士は、鎧だけでなく何故か盾も持っている。この盾がやっかいなのだ。下手をすると反撃でやられかねない。


 オレは駆けた! 全力で騎士に向かって!


 オレは転んだ! 騎士の直前で!


 いや、それは転倒ではなかった。軽やかな前転だった!


 このダイモンズソワレの世界では、前転さえすればその瞬間は何故か無敵になれるのだ。これはグリッチではない。仕様なのだ。意味が分からないが、とにかく前転さえすれば、敵の攻撃はかわせる。どう考えても躱せないだろって攻撃でも躱せる。


 騎士の攻撃を躱したオレは立ち上がり、そのまま駆けた。そしてやってきたのがマルベロンの待つ、礼拝堂だった。



 ◇◇◇◇◇



 礼拝堂までは騎士は追ってこなかった。基本、このダイモンズソワレの世界ではこういったボスとの戦いには雑魚は干渉してこない。オレの訪れたこの世界でも同じだった。


 マルベロンがゆっくりと身を起こし始める。


 腹のデカい人型の怪物で、背中には小さな翼、角の生えた頭、体表は腹が鱗に覆われていて他は岩肌のよう。短い脚で立ち、手には巨大な戦棍メイスを手にしている。


 オレはマルベロンを迂回し、その背後にある破壊された神像まで駆けた。


 そう、ここだ! この神像の壊れた腕の先! さらに折れた首に飛び乗ると、そこから崩れた壁の上に飛び乗ることができるのだ。もう何度もやった。間違いはない。小さな引っ掛かりだったが、手に取るようにその場所がわかる。グリッチャーとしての感覚がオレに呼びかける。この場所だ! この壁の上に登れば、地面を狙うだけのマルベロンの攻撃は全て当たらなくなる!


 ジャンプで十分な高さを確保し、崩れた壁の上に飛び乗っ――


「えっ……」







 落ちた……!?


 落ちた………………。


 オレは間違いなく登れたと思った壁を前にして落ちたのだ。


 ゆっくりと足踏みしながらこちらを向くマルベロン。後ろは壁。マルベロンの巨大な腹が行く手を阻み、逃げ場はない。前転でも、敵をすり抜けることだけはできなかった。マルベロンが棍棒を振り上げ――


「クソォォォォォオオオオオ! 死ぬか! 死んで! 死んでたまるか! こんな場所で死んでたまるか! まだ始まったばっかじゃねぇか! こんなところで終われるか! こんな場所で追われるかよォォォォォォォオオオオオオ!」


 マルベロンと壁の隙間で必死にあがいた。タイミングを外すようなディレイ、つまり遅延を挟んで打撃のタイミングをずらしてくる。それを必死に見切って前転で躱す。躱す。躱す! 躱したなら斬る。手にした長剣で斬る、斬る、斬る! 巨体の一撃は、連続攻撃でもない限りは隙が生まれる。その隙に攻撃を叩き込む!


 そして………………



「ハァ、ハァ、ハァ…………」


 ついに…………ついにオレはマルベロンを倒したのだ。ゲームと実際とは違う。ゲームで経験していたとはいえ、よく初見で倒せたなという話だが…………。


 まず、視点が違った。FPS=一人称視点であったことが大きかった。通常、ダイモンズソワレでは三人称視点――つまり、カメラが背後を追う視点なのだが、巨大な相手と壁に挟まれた場合、この視点が全く役に立たなくなるのだ。クソカメラとよく呼ばれていた。


 これは一人称視点であれば、ギリ視界の端に敵の動きが目に入る。そうすれば、敵の二の腕の動きに合わせて前転すれば攻撃は躱せるのだ。


 さらにマルベロンの動きが違った。最接近した場合のコンパクトな地面を突く攻撃とヒップドロップしか出さなかったのだ。理由は? もしかすると、壁に接触してしまうからかもしれない。ゲームなら壁は貫通するため壁に向かって大振りも容易だが、実際は壁にぶつかるため出せなかったのではないだろうか。


「まあ…………これはこれでグリッチだな。――おし!」


 光になって消えていくマルベロンが大量の命の火を残していった。この命の火は自身の力としたり、物を手に入れる代償にできる。さらにマルベロンがその場に残した戦棍メイスを手に、教会の転移門へと進むのだった。






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