5.マネージャーの証言

「マネージャー……ですか?」


 Kは、探偵の言葉に意外そうに目をぱちぱちと瞬かせた。


「三人の証言から、マネージャーが現場にいたことは明らかだ。当然、警察も取り調べを行っているはずだ」


 Kは慌てて手帳を開き直した。


「確かに……言われてみればその通りです。マネージャーさんの証言内容は……」


「そのページには、何も書かれていないぞ」


「いやいや、今探してるところなんですって……ちょっと待ってくださいね……あ、あった、こちらです!」





――遺体発見当時の現場の様子はどうだったか


「大声が聞こえたので、皆さんと一緒に控室に向かいました。でも、私は後ろにいたので、中の様子はあまり見えませんでした」


――遺体の様子は


「慎也さんに任せて、私は後ろでうろうろしていました……お恥ずかしい話ですが」


――発見までどこにいたか


「スタジオで機材の準備や、その他の雑用をしていました」


――遺体が発見されるまでの間に、スタジオを出入りした者は


「淳さんが控室に戻った後、『呼びに行ってくる』と慎也さんが控室に向かいました。でも、なかなか戻ってこなくて、宏斗さんに言われて私も見に行くことに。控室の前で慎也さんとばったり会って、『まだ寝てる』と言われました。でも、念のためと思って、中をのぞきました。確かに、淳さんは寝ていました。その後はお手洗いに寄ってからスタジオに戻りました。あ、あと、その後に宏斗さんが『電話をかける』と言って、少しの間スタジオを離れていました」


――篤志さんが発見したときの状況は


「スタジオで飲み物がこぼれてしまって、私が掃除用具を取りに行くと言ったんですが、宏斗さんが強引に、篤志君に行かせようと言い出して……それで、あとは先ほどお話しした通りです」


――怪しい動きをしていた者はいなかったか


「いえ、とくに……思い当たる方はいません」


――淳についてどう思っているか


「何かにつけて暴力を振るわれていました。深夜に呼び出されてパシリにされた挙句、殴る、蹴るは日常茶飯事で……これは誰にも言っていないのですが、最近、精神科を受診してうつ病の診断を受けました。でも、殺そうなんて思ったことはありません。……自分で死のうと思ったことは、ありますが」





「マネージャー氏の証言――かなり重要な意味を持っている」


「すみません。きっと JASHのメンバーが犯人だろうと思って、つい抜かしてしまいました」


「そういう思い込みが、真相を取り逃がすことにつながるのだ。気を付けたまえ」


 探偵の指摘に、Kは額の汗をぬぐいながら、黙って頷いた。


「四人の証言から、事件の状況を整理してみよう」


 探偵はそう言うと、足元にあった木の枝を拾い上げ、地面に線を引き始めた。


「まず最初に、淳さんが一人控室にいて、他の四人がスタジオにいるところから始まる」


「はい。ここから誰か控室に行って、どの順番で戻ってきたかが重要になりますね」


 探偵は地面に横長の線を引き、そこに時系列順に出来事を書き加えていった。


「まず最初に慎也さんが、淳さんを呼びに控室へ向かう。その少し後、慎也さんの戻りが遅いことを気にして、マネージャー氏が様子を見に行く。二人は控室の前ですれ違い、慎也さんが先に戻り、続いてマネージャー氏もスタジオに戻る。その後、宏斗さんが『電話をかける』と言ってスタジオを離れ、間もなく戻ってくる。最後に、篤志さんが掃除用具を取りに控室へ行き、遺体を発見する」


「ええ。その順番で間違いないと思います」


「それぞれ、誰がどのくらいの時間、控室にいたかは分かるだろうか?」


 探偵の疑問に、Kはうーん、と首をひねった。


「証言者が正確に時間を覚えていたわけではないので、あくまで目安ですが……慎也さん、マネージャーさん、宏斗さんはそれぞれ【3分】。篤志さんは【1分】もかからなかったと思われます」


「ふむ。では、殺害にかかった時間はどの程度と見積もれるだろうか?」


「ええと、絞殺って意外と時間がかかるらしくて……【1分】くらいは見ておいたほうがいいと思います」


 Kの回答に、探偵は満足げに何度もうなずいた。


「篤志さんを除けば、誰にでも殺害の時間的猶予はあったわけだな」


「はい。その篤志さんも、時間的にギリギリではありますが、不可能ではない……と思います」


「理屈上はな。つまり、四人ともが犯人の可能性はある、ということだ」


 そう締めくくって顔を上げた探偵に、Kは申し訳なさそうにその表情をうかがった。


「すみません、私が整理して説明できればよかったのですが」


「いや、君の役目は事実をそのまま話すことだ。それを読み取って解き明かすのは、私の仕事だ」


 そう話す探偵の口ぶりは、わずかに弾んでいた。もしや、と思って Kは問いかける。


「……まさかとは思いますが、真相が?」


「どうやら、すべての情報が揃ったようだ」


 Kはあまりの衝撃に体を固まらせた。


 これから現場に向かって、さらなる手がかりを集めるのかと思っていたのに――たったこれだけの情報で……本当に、真相を解き明かすことなどできるのだろうか?


 探偵は、簡単なことだ、とでも言いたげに、すくっとベンチから立ち上がる。


「あくまで想像の話だが、それでもよければ……私の推理を話してみることにしよう」

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