この運命は必然すぎるのだ
会場に近づくと瑠璃は車の中で鏡を取り出して化粧を確認した。
窓をあけて、香水をふる。
「瑠璃、あと五分」
香水をふるのは瑠璃の一種のルーティーンみたいなもので、来るお客さんの名前や趣味などを頭の中で巡らせてからスイッチを入れるらしい。
……どうしてその脳みそを学生時代の勉学に使わなかったのか。
もはや付き合いが長すぎて疑問すら湧かない。
「ありがとう、レン。
三時間後、入り口に車をつけてちょうだい。
三時間半経っても私が来なかったらスマホを鳴らして。
それでも来なかったら、里佳子さんに連絡して」
瑠璃が言い切ったタイミングで車はホテルのロータリーに着く。
俺は首からスマホをぶら下げる。
瑠璃からの連絡にいつでも出られるように。
「気をつけろよ」
俺の声が瑠璃の背中に届いてるのか、届いてないのかは確認したことがないから知らない。
俺が大学四年間で平凡に暮らしている間に、瑠璃は夜と昼の狭間で身を削るようになっていた。
瑠璃を待っている間、喫茶店で課題をやっていると首から下げたスマホが鳴った。
彼女からの着信に俺は時間を確認して出る。
「ちょっと!レンくん!
なんで電話出てくれないの?!」
「ごめん、瑠璃に呼ばれて」
「またぁ?!
なんなの、その女……!
てゆうか、おかしくない?!
私とのデートは忙しいからって週一なのに、どうしてその女とは毎日のように会ってるの?!」
どうして、って言われても。
……そんなのは。
「瑠璃の世話で忙しいから、
本当のことを答えると、彼女は電話の向こうでどうやら泣いている。
俺はため息をついて、慌てて弁明する。
「ちょっと待って、誤解してる!
俺は紀子のこと大切に思ってるし、瑠璃とは本当に何もないんだよ!」
「じゃあ、その女に会うのやめてよ!」
「それは無理だ!
飼い主が居なかったら犬は生きていけないだろ?」
「その瑠璃って女は犬ってこと?!」
「いや、犬は俺だけど」
電話は切れた。
慌てて時間を確認すると通話時間は10分ほどで、瑠璃からは着信はなかったようで安心する。
昔から『どうして瑠璃ちゃんのために?』と聞かれるけど、そんなのは俺にも分からない。
どうして宿題をやらなきゃいけないの?とか、どうしてお金を払わないといけないの?とか、そういう当たり前なことを聞かれているような気持ちだ。
どうしても、なにも。
嫌だけどやらなきゃいけないことがこの世には沢山あって、俺にとってそれは瑠璃に従うこと、ってだけだ。
時間になって瑠璃を迎えに行くと、3時間15分で車に入ってきて俺は安心して首からスマホを外す。
瑠璃は俺に宝石の入った箱と、花束と、高級ケーキを渡してきた。
「これ、周作から」
「……クレムポワールの役員か。
あいつがお前に費やした金額、そろそろ二千万超えるぞ」
「独身で堅い人だからね。貯め込んでるのよ。
レンって本当、私のお客さんに興味津々ね」
「俺はいつ誰に刺されるかもしれないのか、一応把握しておきたいだけ」
中学や高校の頃、瑠璃に惚れた男に逆恨みされて何度か嫌な思いをしたため、その辺りのアンテナがやたらと高くなってしまっている。
「大丈夫よ。私も大人になったから。
レンに嫌な思いはさせないわ」
瑠璃はそう言うと履いていたヒールを脱ぐ。
俺は側に用意しておいたヒールのないカジュアルな靴を渡した。
瑠璃がタバコに火をつける前に窓をあけて、瑠璃が何か言う前にペットボトルの蓋をあける。
「レン、焼き鳥食べましょ。
お腹すいたわ」
「車置いてからでも良い?
あと、着替えたい」
「いいわよ。タクシー呼んでおいてね」
俺が脱いだジャケットに入りっぱなしのスマホが鳴った気がしたけど、別段気にすることもなく瑠璃のマンションの地下の駐車場に車を戻した。
**
「そういえばレン、彼女と話した?」
「ああ。電話、ガン切りされた」
「……それ大丈夫なの?」
2021.12.07
息をする理由は誰も聞かない 斗花 @touka_lalala
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