もう、動力炉を破壊するしかない……!

大星雲進次郎

もう、動力炉を破壊するしかない……!

 機関長の説得に、とうとう艦長が折れた。

「そうか。もう、動力炉を破壊するしかないのか……」

「はい。もう、動力炉を破壊するしかありません」

「そんな……。もう、動力炉を破壊するしかないなんて」

 僕らは余りに突然な究極の選択に呆然とするしかなかった。

 動力炉を破壊するしかないという選択を実際にするしかなくなるなんて、ほんの10分前までは考えさえしなかったのだから。

 


 緊急事態か?

 と問われれば、そうでもない、と思う。

 いや、でもある意味緊急事態なんだろうな。だって、

「こうなったらもう、動力炉を破壊するしか手は残っていない……」

 とか、機関長が真顔で言っているんだから。

 ここは宇宙を行く巨大移民船のブリッジ。

 各セクションの時間帯責任者が集う、この船の中枢だ。

 僕は通信部門の主任チーフに任ぜられているが、セクションでは下っ端のほう。士官ではあるから、あまり下っ端とか言えば嫌味になるのだけど、そうあれだ、四天王で最弱みたいな立ち位置か。それでももし今、タキオンレーダーに何かが映りこめば、軽く解析して分析班に回し、その結果によっては貴重な燃料を消費してでも船団の進路変更を艦長に進言する……くらいの権限は持っているのだ。

 そして同じ権限を持つ、機関部の責任者の重大な発言。いや、機関長だから本当の大物だ。

 こうなると艦長は「隕石なんて哨戒機放ってぶっ飛ばせ!」なんて適当に対応するわけにもいかず、となると僕らセクションの時間帯責任者も巻き込まれるわけだ。

「大尉、今度・・は何だ?」

 ブリッジの端に設置されたミーティング用のホログラムテーブルを10人程度の責任者たちが取り囲む。

 女性型アンドロイドの副長がお茶を入れてくれた。

「とても美味しいです、副長。アッサムのフレッシュファーストですか?」

 僕はこの美人な副長と話すのが好きだ。

「ありがとう、ヨシカズ。でもあんまり適当なこと言わないでね。この船にファーストフラッシュ・・・・・・・・・・なんて置いていません。でも良いわ、何も言わない艦長よりよっぽど良いわ。せっかく艦長がお好きなダージリンをいれましたのに。本当に好きなのかしら?」

 艦長のことが大好きな副長は、朴念仁をじろりと睨む。

 僕たちも睨らまれたい。

 実に和やかなティーブレイクの風景だ。

 そう、僕らは焦ってはいない。

 長い長い宇宙の旅。何が起こるか分からない未知への旅だ。いくら警戒してもしたりない、危険な旅。

 だからと言って、交代勤務だとは言え、僕らがずっとモニターを睨んでいる訳にもいかない。そういうことはコンピューターがやってくれるのだ。確実で安心。僕らはまあ言えば止める係だ。コンピューターの提案にストップをかける。いきなり奴らが「自爆して良いですか?」とか聞いてきたら、止めなきゃならない。

 だから、事例としては分かりにくかっただろうけどつまり、コンピューターが何も言ってきていないのなら焦ることはないのだ。


 機関長のヒトツバシさんはことあるごとに動力炉を破壊したがる。

 彼の言う動力炉は、護衛の戦闘艦艇を除く、数十の居住艦へエネルギーを供給する超次元プラズマジェネレーターのことだ。

 超次元プラズマジェネレーターは前宇宙時代の核融合炉の発展型で人口恒星の一種ともいえた。それを親の敵かなんだか知らないけれど、ヒトツバシさんは隙あらば破壊しようと提案してくるのだ。

 これを失えば1万人が暮らすこの船団はひと月保たず死滅する。

 その一点で彼の機関員適正は怪しまれるべきなのだが、動力炉を知り尽くし、また愛しているのもヒトツバシさんなのだ。彼の助言で乗り越えた危機も多くある。そのため、彼の悪癖も無碍にはできない。

「次元黒点が発生する……兆候が現れた。おそらくレベル4」

 ぶふう。

 艦長と副長は同時にお茶を吹いた。仲良しだよな。

「今までは、何とか発生前に芽を潰せていたんだがな。先週、暗黒星雲のダークストームに遭遇したのが不味かったんだろう。一気に症状が進んでしまった」

「カーリー、数値データは?」

 副長に大人しく顔を拭かれていた艦長が副長に問う。

「特に異常は……それに、先週のダークストームは極小規模で……」

「カーリーの嬢ちゃん、あのダークストームはむしろ超次元側の規模が大きかったんだよ。MY波の振動周期が若干狂った。見てみな、MY-XとYが干渉して発生したトライアングルウェイブが、KHNK領域を過去に例をみないほど刺激している」

 ホログラムテーブルには何かの波形が投影され、合わさって波が増幅される画像が表示される。正直、珍紛漢紛だ。

「確かに……私の見落としです」

「気を落とすなっていうのは無理だろうけどよ、嬢ちゃん。この件は予測不可能だった。不確定要因が多すぎだ」

「ヒトツバシさん、優しいんですね。……好きかも」

 焦る艦長と僕たち男性クルー。

 でもヒトツバシさんは動じない。さすが芯の通ったイケオジだ。彼の嫁は機関室のモニター内にいるのだから。

「おそらく、発生するのは明日か、明後日だ」

 ここまでくると、僕にだってわかる。次元黒点は、ジェネレーターを破壊するようなものじゃない。ジェネレーターには個体差はあるものの、次元黒点は発生する。そして多少の磁気擾乱を伴うのだが、隔壁やシールドでそれらは抑え込まれる。レベル3までの次元黒点は。

 レベルだけで言えば3から4に上がるだけだが、そのエネルギー量は莫大だ。およそ300年前に地上で1000人もの死者を出した太陽フレアと同程度だと考えられる。それが船内という至近距離、ゼロ距離で発生する。

「理論上だが、発生から256日後にフレアバーストが起こる。そうなれば殺人電磁波でみんな死ぬ」

 ゴクリ。

 誰かが息をのむ。

「そうか。もう、動力炉を破壊するしかないのか……」

 殺人電波も動力炉の破壊も、移民船団の壊滅を意味する。どうにか回避する良い手はないんだろうか。

 僕はまだ副長とランチにも行っていないのだから、こんな所では死ねない。

 その時、

「「こわんたなしこにといもいあかろんうがかえとが…あ…る!」」

 保安部長と技師長が同時に提案を出してきた、んだよな?

 二人は視線を絡ませ、頷くと、

「「わこたんしなにこいといもかあんろがうえかがとあ…る…!」」

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もう、動力炉を破壊するしかない……! 大星雲進次郎 @SHINJIRO_G

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