ただいま
女は、白いエプロンの裾を軽く整え、食卓へと歩いていった。
テーブルには三人分の朝食が並べられている。焼き魚、味噌汁、ほかほかの白ご飯。
「さあ、ごはんよ。冷めちゃうわよ」
女は、静かに微笑みながら呼びかけた。
誰に向かって言っているのかはわからない。いや——もしかすると、本人は確かに誰かがそこに“いる”と信じているのかもしれない。
振り返った先、子供用の椅子には、くすんだ色のぬいぐるみがちょこんと座っていた。
男物の椅子には、食器だけがきれいに並べられ、湯気は一切立っていない。
久美子は、それでも自然に微笑み続ける。
「いただきます」と手を合わせ、何も言わない“家族”に、温かく話しかける。
そして、ふと立ち上がると、静かに床下収納の蓋を開けた。
ぎい、と鈍い音がして、暗がりが口を開ける。
そこには、毛布のようなものがかけられていた。
久美子は、それを一枚だけ整えると、満足そうに頷いて蓋を閉めた。
「……大丈夫よ。もうすぐ、次の人が来るからね。ねえ、あなた」
久美子は、にこりと笑って鼻歌を歌いながらキッチンに戻る。
「せっせっせーの、よいよいよい……」
その笑顔は、愛に満ちていた。歪んで、空っぽで、完璧だった。
廻る家 祇斬 戀 @__neko0624
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