第十話(終)
「これを見てください」
仁志が居間のテーブルに広げたのは、モールの書店で買ってきたアニメ誌だった。
"巻頭特集! どうなる『アイステ』第二シーズン!"
その煽り文句と共に見開きで大きく載せられたキービジュアル。そこには夢園咲と並んでもう一人──昨日着ていたステージドレス姿の日向キラリの姿が描かれていた。
「『アイステ』はゲームの稼働と同時期──つまり二年前からテレビアニメを放送していたそうです」
記事の冒頭には『アイステ』を知らない読者のために番組の基本情報が記載されていた。
"アニメ『アイステ』は、ひょんなことからアイドル養成学校に通うことになった主人公・夢園咲が、仲間たちと一緒に様々なアイドル活動を通じて成長していく物語だ。先日、二年間にわたった第一シーズンの最終回でついにトップアイドルとなった咲に代わり、第二シーズンでは新主人公の日向キラリが登場する。半年の休止期間を終えたあと、果たして彼女がどんな活躍を見せてくれるのか、今から放送が楽しみだ。"
「ほ、本当に私と先輩がアニメになってる……」
キラリにとってはあり得ないことが書かれた誌面を見て、彼女は驚きを隠せなかった。
「この次の記事を読んでみてください」
ページをめくると、そこにはオールバックの強面男性の写真がでかでかと掲載されていた。
※ ※ ※
"シリーズ構成・脚本 森村洋次ロングインタビュー!"
記者(以下、記):アイステはアニメが充電期間中にもかかわらず、一向に人気が衰えません。
森村(以下、森):それはまさしくオレのおかげ……と言いたいとこやが、まァ、ゲームの稼働が続いとるからね。二期の放送まではゲームに食わせてもらってるようなモンよ。
記:ご謙遜されていますが、やはりアニメ一期のクオリティの高さも、この社会現象的人気の要因だと考えます。最近ではアニメにハマった大人が子どもに混じってゲームを遊ぶ、いわゆる『アイステお兄さん、お姉さん』もよく見かけます。
森:それはありがたいこっちゃね。
記:現在は第二シーズンの脚本を執筆中かと存じますが、どんなストーリーになるのか、できる範囲でお聞かせ願えますか。
森:それ聞く? 聞いちゃう?
記:お願いします。
森:……実はえらい苦戦しててな。まだ最後をどうするか決められてないんよ。
記:えっ?
森:いやホンマに。
記:スケジュールは大丈夫なんですか?
森:大丈夫ちゃうよ! 関係者の皆さん、ホンマすんません!
記:ちなみに、なぜ苦戦しているのでしょうか?
森:……うーん、ぶっちゃけ、この期に及んで、まだこの子のことが掴めてないんよな。
※手元の資料から一枚のデザイン画を取り出して。
記:二期からの新主人公・日向キラリですね。
森:そう。新人アイドルであるキラリが一体どんな成長を見せてくれるのか。それがまだ自分の中に降りてこうへん。
記:降りてくる、ですか?
森:せや。これは物書きみんなそうやと勝手に思っとるんやが、書き上げた物語を後で読み返すと、一体どうやってその話を思いついたのか覚えてないことがある。特に会心の出来であればあるほどそう感じる。これはきっと、自分の力だけで書いたんやない。オレの頭と指先を通して誰かが書かせたんや。オレはそう思ってる。
記:それが「降りてくる」ということですか?
森:そう。せやから、今は降りてくるのを待ってる。
記:もし、降りてこなかったら?
森:そんときはそんときやな! ガッハッハ!
とは言いつつ、業界一筆が早いことで知られる森村氏。きっと本放送までには素晴らしい脚本が完成していることだろう。楽しみに待とうではないか。
※ ※ ※
「これって、どういう……?」
キラリの質問に、仁志は「あくまで私の想像に過ぎませんが」と前置きして答えた。
「キラリさんの住む世界の出来事を、こちらの世界の私たちはアニメやゲームを通して見ているのだと思います。おそらく、その脚本家さんの言う通り、クリエイターからの出力という形で……」
仁志は自分でも非現実的なことを言っているなと思ったが、実際に起きていることを目の当たりにすれば、その結論に至るのはむしろ自然と言えた。特に、自分の居た世界の痕跡をアニメやゲームの中にしか見つけられないキラリにとって、それは信じるに値する仮説だった。
「……あたし、本当に違う世界に来ちゃったんだ……」
「ええ。けれど、こちらへ来られたのですから、逆に元の世界に戻る方法もあるはずです」
嘘をついた。もちろん、そんな保証はどこにもない。しかし、それを今の彼女に告げてもプラスになることは何もない。
「安心してください。私も一緒に帰る方法を探しますから」
仁志は極力不安を与えないよう、いつも通りの穏やかな笑顔で言った。しかし。
「……………………」
キラリは下を向いたまま押し黙っていた。あの記憶が頭にこびりついて離れない、ステージから逃げ出したあの記憶が。元の世界に戻るということは、その辛い記憶にまた向き合うということだ。
「……戻るのが怖い、ですか?」
仁志の問いかけに、キラリは顔を伏せたまま頷いた。
「そうですか。それならこのまま、ここに居てもいいんじゃないでしょうか」
仁志があまりにもあっけらかんと言ったので、キラリは目を丸くした。
「だって、アイドルといえばみんなの憧れですよ。そう簡単になれるものではないでしょう。たとえなれたとしても、厳しい芸能の世界で生き残れるのはほんの一握りです」
「……………………」
「いい機会じゃないですか。別にアイドルになることだけが人生ではありませんし、ここらで新しい道を探してみてはどうですか?」
「……………っ!」
仁志の放った言葉を強く噛み締めたキラリは、無意識のうちに拳を固く握っていた。
「ただ、その前に一つだけお話をさせてください」
仁志は書斎から持ち出してきたスケッチブックを手にとり、続けた。
「こう見えて私、昔は服飾デザイナーになりたかったんです。……ふふ、意外でしょう」
仁志がパラパラとスケッチブックをめくって見せると、そこには様々なドレスやスーツのラフ画が描かれていた。
「しかし結局、私は今サラリーマンをしています。それがよかったのか悪かったのか、それを知る術はありません。もし挑戦していたら今頃一流デザイナーとして大成できていたかもしれませんし、あるいは──まあ、どちらか言えばこちらの可能性の方が高いのですが──ちっとも売れずに貧乏ぐらしをしていたかもしれません」
と、自虐的に笑った。
「ただ、一つだけ後悔していることがあります。それは……挑戦しなかったことです」
仁志の言葉に、キラリはハッとした。
「もちろん、挑戦したところでダメだったかもしれない。それでも、それが自分の意志で選んだ結果であれば諦めがつくんです。そして、諦めがつくことで次に進むことができる。けれど、挑戦しなかった後悔はそのあともずっと……人生の最期までつきまとい続けるんです。何かにつまずくたび、あのとき自分の信じた道に進んでいれば……そんな後悔が頭によぎります。私は、あなたにそんな思いはしてほしくない」
仁志の言葉からは、歳を重ねた数だけ増えた後悔が滲み出ていた。なりたい自分と逃げたい自分。どちらの自分が大切か。そんな簡単な答えがどうしてわからなかったのだろう。キラリは少しでも答えに迷った自分が悔しかった。
「おっと、長々とすみません。どうも、歳を取るとお喋りになっていけませんね」
仁志は恥ずかしそうに頭を掻いたが、その言葉に乗せた熱と想いはたしかな火種となって、キラリの心の奥深くにまで届いていた。
「…………あたし、なりたいです」
キラリが顔を上げて言った。その目にはもう少しの迷いもなく、今すぐ走り出したいのだと、やる気の炎が燃え盛っていた。
「絶対、アイドルになりたい。アイドルの夢、あきらめられない」
仁志はその言葉を待っていた。
「ええ、必ず帰りましょう」
差し出した右手を、キラリは力強く両手で包んで握り返した。
「……ところで」
手を握ったまま、キラリが不思議そうに首を傾げて尋ねた。
「おじさんはどうしてこんな──私が別の世界から来た、なんておかしな話を信じられたんですか?」
当然の疑問だ。普通に考えて、いい歳をした大人が真面目な顔で人に話すことではない。その問いに仁志は、今は遠くで暮らす友人のことを思い出しながらフフッと笑って答えた。
「女児アニメには、少々ご縁があるもので」
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