よみがえらせ屋やってます ― 忘れられない“誰か”はいますか?

晴久

エピソード1:二宮 颯太(依頼人)

プロローグ《はじまりの香り》

父の政治パーティーはいつも、選ばれた人々が笑顔をそろえていた。

その笑いは、冷房と化粧品、ぬるい料理の匂いと一緒に、空気を濁らせている。


女子高生の玖城 色葉くじょういろはは、パーティー会場の端に隠れるように立ち、スマートグラスで、ヴィンテージ香水のオークションを覗いていた。


表示されていたのは、彼女が数年越しで探していた香水のひとつだった。


《Lot113:レ・メモワール・ヴィヴNo.9/1931年製》

《残り時間:27分17秒 現在価格:¥698,000》


ラベルは少しかすれていて、ボトルは傷だらけ。

なのに、まるで遠い記憶が密封されているようで、香水収集家である彼女の心拍数は、上がっていた。


「……やっと見つけた。私のコレクションでも一番になるやつなのに……でも、七十万はさすがにパパにねだるのは無理か」


ため息をついたとき、不意に——声が耳に入った。

「……マフィンが死んでから、毎日私もつらくて。……ほんとに……どうにかなりそうよ」


少し離れた場所で、年配の女性が通信端末を耳に当て、誰かと通話していた。


やがて通話を終え、端末を伏せると、近くの椅子に腰かけながら涙をぬぐった。


その仕草に、色葉いろははわずかに口元をゆるめた。

——見つけた。感情・・資金・・も、揃ってる。


手元のバッグは今季のシャネル。指にはダイヤのリング。判断材料としては十分だ。


色葉は、ごく自然にそのテーブルへと近づいた。

「どなたか、亡くなられたんですか?」


婦人は顔を上げ、少し戸惑いながらも、相手が子供だとわかると、端末を色葉に向けて見せながら言った。


「うちの子なの。マフィン。トイプードルの女の子だったの……」

婦人は少し間を置いて、声を落とした。


「一ヶ月前、急に体調を崩して、そのまま……旅立つまで、ほんの数日だったの。気づいたときにはもう、なにもできなかったのよ」


色葉は薄型の端末を取り出し、婦人の前に向けた。

起動音とともに《よみがえらせ屋|依頼受付画面》が立ち上がる。


「……こんなことを言うのは差し出がましいのですが、あなたの悲しみを、少しだけ和らげる方法があるかもしれません。私、マフィンちゃんをあなたの記憶のままに甦らせることができます」


「……え?」


「見た目も、声も、行動も。感情も。“あなたにしか見せなかった表情”も、全部」


婦人は動かない。けれど、色葉は続ける。


「生きてるわけじゃありません。超高性能AI・・・・・・です。それでもいいなら、お手伝いできます」


婦人は目を伏せたまま、ひと呼吸おいて、顔を上げた。


「……できるの?本当に、あの子を……」


その目はまだ濡れていたけれど、ほんのわずかに光が戻っていた。


色葉は構わず続ける。


「通常は百五十万ですが……今夜だけ特別に、八十万で請け負います。記録はお持ちですよね?動画や音声、香りの痕跡でも構いません。“残された情報”——ありったけください。あなたの記憶にある“マフィン”を完全再現、できます」

——百五十万は、今の感覚で言えば数百万円に匹敵する額だった。


「えっと……あなた、一体……」


色葉は端末の画面を軽くタップし、認証ページを立ち上げた。


《開発者ID:KJ-IROHA.001/認証済|国際AI協会》と表示されている。

その下には「玖城 色葉」という名前も示されていた。


「くじょう いろは──って読みます。いち学生ですが、AI構築アルゴリズム部門、去年の世界大会で一位を取りました」

ほんの少しだけ得意げに笑った。





帰りの車内。

後部座席で窓の外を眺めていた色葉に、前の座席から父の声が飛んだ。


「色葉、なんだか今日は上機嫌だな」


その言葉とほぼ同時に、スマートグラスにオークションの通知が浮かぶ。


《落札完了:レ・メモワール・ヴィヴNo.9/¥701,000》


思わず笑みがこぼれそうになったが、色葉は慌てて抑えた。


「そんなことないよ、パパ。おつかれさま」


色葉がまばたきすると、スマートグラスの右端に助手AIのインターフェースが立ち上がる。


『ラボにて依頼内容を確認しました。必要な情報の提供を依頼者にお願いしています。作業タスクを整理します』


その横には、パートナーの玲央れおからの作業通知が表示された。


「マフィンの再現に使える汎用犬型ユニットの器設計データが準備完了」


色葉はそれを見て、「やっぱり天才だね」とつぶやいた。

それに応じるように、助手AIの音声が続いた。


『玲央様への連絡を実行しますか?』


「明日会うから大丈夫。それより……」


返事をしかけた色葉の視線が、ふいに別ウィンドウに逸れた。

弟・璃久りくのスケジュールをひと目確認すると、目を細めた。


「私の天使、今日もいい子にしてたかな?」

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