異世海釣り暮らし

森山沼島

異世海へようこそ!

第1話 ボブ、無人島へ行く


 コホン。…さて、現在日本に存在する無人島の数を御存知かな?


 実は、2023年時点で悠に1万と3千を超えている。


 驚いたかな? そもそも日本列島自体がなんだが、それを鑑みてもちょっと多過ぎやしないだろうか? 

 世界地図上からだと、めぼしい島々など数えられるほどにしか認識されていないのではなかろうか。


 因みに、僕はその最たる例だろう。

 三十年以上も日本で産まれ生きてきた日本男児としては恥ずかしいのかも。


 僕の名前は…あ~……ボブ・・、という事にして貰おうか。


 おっと、僕は何処からどう見ても冴えない黒髪の日本人だぜ?

 生まれてこの方髪を染めたことすらない。


 今頃言うのも何だが、もっと人生を楽しんでおくべくだったかもなあ。


 

「失礼します。貴方が……二海にのうみ綿太めんた、様でしょうか?」


「あっはい。そうです! 今回はお世話になります」


「いやいやいや、こちらこそっ! あ。私は今回担当させて頂くことになった、島と申します」



 僕を寂れた駅前で出迎えてくれた職員さん?と互いにペコペコと頭を下げ合う様は何とも日本人らしいアクションと言えるだろう。


 ところで、僕のボブってのはもちろん渾名だぜ?

 本名は二海にのうみ綿太めんた

 二海さんちの綿太君ってわけさ。


 で、何でそんな外国人みたいな名前が幼少のみぎりから定着してしまったのかと言うと…ほら? 名前に“海綿”って入ってるだろ?


 海綿ってのはスポンジってことだから…さ?


 だからといって、僕はあの超有名カートゥーンのスポンジパンツ男のような陽キャになんてなれなかったけど。


 高卒後は実家近くの工場に就職したけど、ここ最近に始まったってわけじゃない不況の煽りで、僕の務める工場は半ば閉鎖とも呼べるほど工業範囲を収縮することに。

 

 そして、僕は晴れてリストラニートになってしまったわけだ。


 さして溜まってもいない貯金を崩しながら1年ほどのらりくらりと好きな事をして生活していた僕だったが――思わぬ転機が訪れたってわけ。



「いやあ~こちらとしても本当に困っていたところでしてね。一応、規約では十年以上無人にできない決まりとなってましたので」


「はあ」



 僕は島と名乗る男性が運転するミニバンでさる海に臨する田舎町へと移動中だ。


 僕の転機と言っても新しい就職先が決まったってわけじゃないぜ?

 いや、そっちの方が普通に良いんだけどもさ…。


 ――瀬戸内海。良く耳にする地名だが、意外な事に無人島が幾つも点在しているという。

 最近では無人島を貸切るレジャーなんかが流行っているらしいんだ。

 まあ、そんな陽キャのイベントなどに僕は無縁である。


 そんな無人島の中にひっそりと、我が家が所有する島があると聞いた時はそれは驚いたよ!


 …厳密には僕の御前祖様と他の複数の家が共同で管理していた島らしいけど。

 そりゃそうだ。これまでの人生で自分の家や親族が金持ちだと思えた事は一度たりとも無かったし。


 で。僕がその島の新しい管理人になるというわけだ。



「電話でも説明した通り、管理と言ってもその島に居住して頂ければ結構なんですよ。そうして頂ければ、二海様の指定口座に毎月給付金が定額振り込まれますから」



 何でも僕の御先祖様と他の家が昔から基金のようなものをつくっていたらしいんだが、現在は僕の家意外とは連絡が取れない現状らしい。

 

 担当の市職員である島氏のよれば、仮に島を管理できる者がいなかった場合。

 国から市に対して維持費や税金など諸々面倒臭い事案が生じてしまうんだそう。

 そんなことってあるのか? 良く解らんが、運転する島氏の安堵振りから相当参っていたらしい。


 しかし、こんな風光明媚な場所で無人島生活なんて少しワクワクしてこないか?

 

 まあ実際やってみて無理そうだったら断るつもりだから。

 この島氏には悪いが。


 二時間ほどの車での移動を終え、矢継ぎ早に海の桟橋へと連れられる。

 防波堤下の岸には寂れた小さな漁船の上で高齢の漁師らしき老人が煙草片手にこちらへ手を振っている。


 そして、有無を言わさず島氏から「これをどうぞ」とあの目の覚めるようなオレンジ色のライフジャケットを手渡される。


 どうやら早速、その無人島へやらと赴くようだ。



「よう見つかったのう。これで俺達も暫く安心して漁に出れる」


「ええ…本当に…助かりましたよ」



 何だか二人が意味深な話をしているような気がする…。


 初めての瀬戸内海。

 それに久々に見て触れる海は確かに綺麗だった。


 だが、今となってやや鈍い鉛色のようにすら感じる始末だ。


 少なくとも明日から暫くはずっとこの景色を眺めることになるはず。



「あ! 見えましたよ! アレが二海様が管理して頂く“亜神あっかむ島”です」



 高速で飛ばす漁船で20分前後だろうか…遂に僕の新しい新居が…!

 それにしても耳慣れない島の名前だこと。



「……アッカム、ジマ。ですか?」


「はい。どうぞ! 揺れますので足元に注意して下さいね」



 何やら必死な島氏に僕は手を引かれて、無人島の軋む桟橋から上陸を果たす。


 ……想像していたよりも小さな島だなあ。

 亀の甲羅を背負った某仙人のハウスがある島までではないが、豪邸の塀で囲まれた敷地にすっぽりと収まってしまいそうなくらいの広さだった。

 テキトーだけど300坪くらいかな?

 仮にこの島を歩いて一周しても10分、いや5分も掛からないかも…。


 水垢塗れの桟橋のある島の一部は砂の堆積する浜だが、他は岩場…いわゆる典型的な岩島ってところか。

 島氏によればこの島の裏は崖になっているそう。


 島自体の高さはせいぜい10メートルってとこかな?

 途中で見掛けた小島よりも低い。

 大きな津波なんか来たら一発アウトかもね。


 到着してしまったものは仕方ない。

 僕はリュックと当分の着替えを詰め込んだ荷物バッグを背負って漁船から島へと降り立つ。


 …ん?


 僕達をここまで運んでくれた老人は島には上がる様子はないみたいだ。

 元々ヘビースモーカーなのか、先ほどから脂汗を流しながらまるで蒸気機関車のように鼻と口から煙を吐いて島から眼を背けている。


 酷い貧乏揺すりだ……まさか、体調でも悪いのだろうか?



「ささっ! こちらですよ?」



 僕が声を掛けようとしたら、島氏にまるで遮られるように新しい我が家・・・へと連行されてしまった。



「……思っていたよりも綺麗ですね」


「え? ええ! …担当の者が年に二度清掃をしておりましたので」



 何故か知らないが、先ほどまでの元気は何処へやら。

 島氏の顔色も優れないものになっていた…まさかと思うが、船酔いだろうか?


 すわ別荘か! と、少しは期待していたが…まあ普通のコンクリ製の小屋だったよね。いや、わかっちゃいたよ?


 無人島と言っても現在・・は人は住んでいないという意味で、道はそれなりに舗装もされているから安心だね。


 金持ちの道楽で立てたものとは思えないほど質素な代物ではあるが、きちんと管理されていたのか屋内は非常に綺麗だ。

 最低限の家具も揃ってるし、トイレ周りも新しいものに変えたばかりだと言う。

 うん。流石に無人島とはいえ野外で用を足すのは御免だ。

 トイレットペーパーも余裕で二週間分はストックされている。


 テレビは無いが、冷蔵庫と部屋にはエアコンまで付いてる!

 ぶっちゃけ、立地を除けば前に住んでた安アパートよりも快適そうだぞ?


 家の中を検め、荷物を置くと再度外へ出る。

 小屋の裏は雑木林になっているようだ。

 他の島と違って黒松のような木以外も色々と生えているのは少し珍しい。

 …昔に島へと持ってきたものを植林したのかな?


 家の近くにはガレージもある。

 流石にこちらも結構年季が入っているからか一部はトタンのようではある。

 聞けば、前の管理人が残した工具や釣り道具一式が入っているので今後好きに使っていいとのこと、やったぜ!



「では、また明日様子を見に伺いますので」



 取り敢えず、今日から僕はここで寝泊まりすることは決定らしい。

 船で帰る二人を僕は見送ることにした。



「……二海さん。大丈夫ですか?」


「はい?」


「そ、その…何か変な音が聞こえたり。だとか…視線…を感じたりだとか…そういった不快な感覚などは…ありませんか?」


「……いいえ? 特に何も。凄く良いところだとばかり…」


「…ほぉ~…よ、良かったぁ…コレで私も安心してこの島をあなたにお任せできます!」



 ……言ってる意味が分からない。

 

 だが、余程安堵したのか島氏の目端には涙が浮かんでいる。

 漁船の老人に至っては何故か僕を拝むような仕草までしてるぞ?


 もしかしなくとも、この島は何らかの神事・・に関わる神聖な場所だとか、そういう信仰の対象となっているんじゃないのか?


 だとしたら、そんな場所に僕みたいな不信心者が住み着いて良いんだろうか?


 僕はそんな何とも言えない不安をグッと飲み込み、この島から離れて手を振る島氏達を見送った。

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