第2話 五歳の同居人
最初の夜、小春は眠らなかった。
小さな身体を丸め、目をこすりながらも、眠ろうとしなかった。
僕が寝室の扉を開けるたび、ベッドの中で無理に目を閉じ、けれどすぐにまた目を開けて、ぼんやりと天井を見つめている。
「おい、小春、寝なきゃだめだぞ」
そう言って、僕はそっと布団を引き寄せた。
だけど小春は一度も僕の顔を見ようとはせず、ただじっと目を閉じたまま、何も言わなかった。
僕はそのままベッドの端に腰を下ろし、黙って隣に座った。
「.....お母さん、どこ?」
少し時間が経ってから、ようやくその問いが口からこぼれた。
僕は言葉に詰まった。
どう答えていいのか、わからなかった。
今までも、何度も考えたことがあったけれど、実際に彼女がその問いを投げかけてきた瞬間、頭の中は真っ白になった。
「お母さんは、もういないんだ。事故で....」
その言葉を、やっと口にした。
言葉にすることで、ますます胸が苦しくなった。
けれど、今は正直に話さなければいけないと思った。
小春はしばらく無言でいた。
目を閉じたまま、まるで僕の言葉を受け入れたかのように、静かに息をする。
けれどその顔に涙が伝っていないのを見て、僕は逆に、少しだけ安心した気がした。
「お父さんも、いないよね?」
小春が静かに口を開いた。
その言葉に、また僕は少し言葉を失った。
確かに、僕は彼女にとっては「お父さん」ではない。
名前だけの関係だった。でも、今はこの家に一緒に住む唯一の大人として、どうにかしなきゃいけない。
「そうだな。お父さんじゃないけど、僕がこれからは一緒にいるから」
僕はその言葉を、できるだけ優しく言ったつもりだった。
小春はその言葉に反応することなく、ただうつむいて静かに目を閉じた。
その後、ようやく眠りに落ちたのは、夜の遅い時間だった。
寝顔を見て、僕は少しだけ息をついた。
まだ、彼女はこの新しい生活に馴染むことができていないのだろう。
でも、時間が経てば、少しずつ何かが変わっていくはずだ。そう言じたかった。
次の日の朝、小春は目を覚ますと、何も言わずにベッドから出てきた。
僕は寝ぼけ眼で身支度をしていると、突然、小春が僕のそばにやってきて、手を差し伸べてきた。
「お弁当作って」
その一言が、どこか不安を抱えているような声で、僕の胸に響いた。
確かに、幼稚園に行く準備ができていなかった僕は、焦りながら言った。
「わ、わかった。待っててくれ」
そう言って、慌てて台所に駆け込んだ。
冷蔵庫から適当な材料を取り出し、いくつかの弁当箱に詰めていく。
小春は僕が料理をしている姿を、じっと見つめているだけだった。
まだ何も言わない。
けれど、何かを求めている目がそこにあった。
「ほら、出来たよ」
ようやくお弁当を完成させると、小春は満足そうに頷き、僕が準備したお弁当を持って園に出かける準備を始めた。
そして、慌ただしく家を出る準備を整えた後、いざ外に出てみると、今度は小春が何度も僕に問いかける。
「ママ、迎えに来る?」
その度に僕は苦しくなった。
なぜなら、僕はママにはなれないからだ。決して、あの笑顔をもう一度見せることはできないから。
けれど、僕は必死で笑顔を作った。
「迎えに行くよ」
その言葉が、今は必要だと思った。
そして、慌ただしく家を出る準備を整えた後、いざ外に出てみると、今度は小春が何度も僕に問いかける。
「ママ、迎えに来る?」
その度に僕は苦しくなった。なぜなら、僕はママにはなれないからだ。決して、あの笑顔をもう一度見せることはできないから。けれど、僕は必死で笑顔を作った。
「迎えに行くよ」
その言葉が、今は必要だと思った。
初めての朝、小春と僕はそれぞれに思いを抱えながら、家を出た。
どこか不安げな小春の手を握りながら、僕は彼女にとっての新しい家族の姿を、少しずつ作っていくしかないのだと思った。
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