【自分の初恋はもう死にました。】
桃の妖精
【自分の初恋はもう死にました。】
自分の初恋はもう死にました。
彼を失って1年は経つというのに、まだ私は彼へのこの気持ちに踏ん切りを付けられず、彼のことを引きずっている。
私の運命の相手。本当は運命の相手なんかじゃなかった相手。
私が恋をした相手。普通なら私が恋なんてしてはいけなかった相手。
道行く人10人に言ったら、9人くらいが「間違っている」と答えるような私の初恋。
そして私は、私の恋が世間一般的に間違ってるものだということを知っている。
実らない恋だということも、知っている。
だから私は気持ちを隠して、それで彼と一緒に入れるならそれで……それで、ただただ満足だった。
そうやって、私が私の気持ちにやっと整理をつけることのできた16歳の夏。
私と幼い頃からずっと一緒に育った彼は、実に呆気なくこの世から姿を消したのだ。
彼の命を奪ったのは他でもない、私の家族だった。
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リリリリリリリリ……
枕元から「主の眠りなど許さない!」というように激しく目覚まし時計の音が部屋中に鳴り響く。
何回か停めた気もするが、流石にもうそろそろ起きなくては……
そうして、目覚まし時計による今日N回目の朝の号令により、ついに私は目覚めるという決心をして、身体を起こす。
目覚まし時計を停めて、時間を確認。
……うん?
「もうこんな時間!?」
私は急いでベットから飛び起きると同時に、すぐに着替えを開始する。
「やばい……ヤバイヤバイヤバイ!!」
今日から夏休みが明けて、新学期が始まるというのに、今の時間は思いっきし遅刻ギリギリの時間だ!
着替え終わった私は、2階の自室から飛び出し急いで1階のリビングへと向かう。
キッチンに置いてあるご飯を1掴みして、そして直ぐにUターン。最速で玄関を目指す。
おっとと。
玄関の扉を開けたところで、いつも学校に行く前に言っていた言葉を言っていなかったことに気がつく。
靴箱の上に置いてある写真立て。
その中には楽しそうに笑う10歳の私と、高校の制服に身を包んだ青年、そして私にリードを握られてしっぽを振っている柴犬の写真。
「今日も元気に楽しく学校行ってきます。お兄ちゃん! “タロ”!」
返事は帰ってこない。
家の中から反響してくるのは自分の声と、その後に来る静かな静寂だけ。
その静けさに寂しさを覚えつつ、今日も平凡な私の、1年前から変わらないモノクロな1日が始まるのだった。
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約1ヶ月ぶりとなる、久しぶりの教室では、級友たちがガヤガヤと夏休みのキラキラした思い出話と、そして夏休み明けの気怠い愚痴共に、大変賑わっていた。
そんな級友と書いて他人と読むような、現代の人間社会の群れ、または縮図を無視し、自分の席へと真っ直ぐに向かう。
……1年前の私はきっと目の前の人達と同じように夏休みの満喫報告と、そしてこれから来る長期間休み明けテストに向けた愚痴大会に言葉の花を咲かせていたのだろう。
まぁ、そんな過去のことを思っても今更意味は無いのだが。
思考に一段落着いたところで、カバンからスマホを取り出し、写真フォルダアプリをタップ。その後彼の写真を眺める。
それと同時に、スマホについている彼の1部を加工して造ったキーホルダーに優しく触る。
あぁ、なんて素敵な、それでいて無意味な朝のひとときなんでしょう。
彼がこの世にはいないことをさらに実感してしまうだけなのに。
それでも私は写真を眺めることが辞められない。
私が彼に恋をしたと、初恋なのだと。そう意識してしまえば意識するほどこの思いは、想いは、オモイは重さを増していく。
「ねぇねぇ、犬塚さんってさ……」
周りから私にとってはどうでもいい有象無象の赤の他人達が私のことを噂する声が耳に聞こえるが、特に気にする必要も無いのでスルーする。
「ここ1年ほど、人が変わったように変だよね……」
「あぁ、多分あれだよ。きっとお兄さんが亡くなってから……」
ガタっ!!
おっと、気が昂ってしまってついつい椅子から立ち上がってしまった。
ふぅ……落ち着かなくては。
「あ〜、ごめんね。気にしないで」
一応特に気にもしないが、笑顔を向けてコイツらのフォローも入れてから、私は席にもう一度着く。
……早く世界終わらないかな。
窓の外を眺めて、そんな中学生みたいな妄想をしていたら、朝のホームルームを告げるチャイムがなっていたのだった。
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お前のせいだ。
お前のせいで……
全部、全部全部全部ゥゥゥ……お前のせいでぇぇぇぇぇえぇぇえええぇぇっ!!
お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。お前のせいだ。
だから私は母親を許さない。
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「はぁはぁ、はぁぁぁあぁぁぁ……」
最悪な目覚めに思わず動悸と一緒に溜息まで出てしまう。
こんな夢を見たのは絶対、昨日学校から帰ってきたら母親が家にいたせいだ。
てかそれ以外でこんな夢を見てたまるか。
多分今の私は酷い顔をしているのだろう。
リビングに行ったら、きっと母親がいると思うのでこのまま二度寝をしたいところ……だが、最悪なことに私のプリティなお腹が空腹を訴えてきている。
昨日、家に着くといつもは仕事でいない母親の靴があった事を確認するやいなや、顔を合わせたくない私は夕飯も食べずに部屋に閉じこもっていたのだ。
でも下に降りたくないものは降りたくない。
……仕方ない。何かあった時用で部屋に置いてあった食材を食べるとする。
のそりのそりとベットから起き上がり、部屋の隅から彼の大好物だったご飯の袋を開ける。
カリカリとほのかに硬い食感を楽しみながら、私はこのご飯を食べていた彼のことを追想する。
上手に座って、口の周りにおべそ付けながら、美味しそうに食べる彼。
そんな彼にウットリとした表情をしていた私。
今思えば、私が思わず彼に見とれてしまったせいで彼は殺されたのだろう。
そう、わたしの母親に。
つまり最愛の彼を殺したのは私だと言えなくもない。
その目を逸らしている事実が、私の食欲を奪っていく。
母親は人として間違ったことはしていないのだろう。
人としての感情が間違っていたのは私だったのだから、それで母親を怨むだなんて、お門違いにも程があるのかもしれい。
「うっ……うぅぁあぁぁ……」
あ、ヤバイ……涙出てきた。
彼が私の母親と、その日に交通事故にあった兄と一緒に保健所に連れていかれて行ったことを思い出す。
瞳の中から溢れ出した涙を拭おうとして、私の手からこぼれ落ちる彼の大好物の固形物。
「あ……」
パラパラと部屋の床に広がるドッグフードを私は拾い上げ、口に含む。
ブーブーブー……
目覚まし時計とは別にセットしたスマホのアラームが鳴っている。
スマホを手に取り、愛しの彼の1部を加工して造った毛皮のキーホルダーに優しく触れると、心が落ち着いていく。
どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうして。
どうして、私は人間なんかに産まれてしまったのだろうか。
私の人の生は、まだまだ続く。
【自分の初恋はもう死にました。】 桃の妖精 @momonoyousei46
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