「五番、十六番、五十五番、六十番、あと七十六番。今呼ばれた番号の子が最終審査となります。集合は明日の朝八時。あとの皆様はお疲れさまでした。また次頑張ってね」
審査員のおじさんはあっさりと言い、スタスタと会議室から出ていった。
残された三十名ほどの女の子たちはその場で呆然と立ち尽くしたり泣いたり、倒れ込んで保護者が慌てて駆けつけている子もいた。番号を呼ばれた五名は、みんな逆に気まずそうにしていた。
自分の番号バッジを見てみる。
七十五番。
次に、目の前に立っている月子の番号を見てみる。
七十六番。
さっき、審査員のおじさんが呼んでいた番号だ。
「何かの間違いだよ」
月子の表情が歪む。
「私、聞いてくる。多分、番号間違っちゃったんだ。ひとつしか違わないから。今すぐ七十五番なんじゃないですかって——」
「お姉ちゃん」
すぐにでも走り出しそうな月子の右腕を掴み、あづきは下を向いた。
月子が受かり、あづきが落ちた。
それだけのことだ。
それはそうだ。これはオーディションなのだ。姉妹だから仲良くふたりとも合格ということにはならないだろう。どちらかが受かりどちらかが落ちるという想像もできたはずだ。何故そんな簡単なことも思いつかなかったのか。自分の馬鹿さ加減にあづきは笑ってしまった。
「お姉ちゃんが受かったんだよ。私じゃない」
あづきは月子の目を見て言う。
月子は今にも泣きそうな表情をしていた。
やめてくれ。あづきは心の底から叫び出しそうになった。泣きたいのはこっちなのに。どうしてあんたが泣くんだよ。やめろ。
「明日、頑張ってね」
母はどんな顔をしているだろう。月子の表情もよくわからなかった。とりあえずひとりになりたかった。
次の日、朝目が覚めると月子が隣で寝ていた。
時計を見ると八時を過ぎている。驚いてあづきは月子と母を起こした。
「お姉ちゃん! 集合は朝八時って言ってなかった⁉︎ お母さんもどうして寝ているの⁉︎」
うーんと唸りつつ、月子が目を擦る。時計を見て、ゆっくり寝返りを打った。
「……辞退したから……」
「辞退⁉︎」
思わず声が大きくなる。
その声で完全に目が覚めたのか、月子はあくびをしつつ起き上がった。
「うん。だってあづちゃんとアイドルになりたかったんだもん。それに私だけじゃ無理無理、過酷な芸能界は生き残れないよ」
ふふ、と月子が小さく笑う。
「そんな……せっかく来たのに。お母さんは知ってたの?」
「夜、月子に言われて辞退の電話をしたのよ。あづきはもう寝てたけど」
うーんと伸びながら母が言った。
そういえば、ほとんど昨日の夜の記憶がない。多分、ひどい落ち込みようだったのだろう。誰の声も聞こえなかったような気がする。
「今からでも間に合うよ、やっぱり参加しますって……」
「あづちゃん」
月子がしっかりと目を合わせる。
それには吸い込まれるような力があって、視線を逸らすことができなくなってしまう。
「本当にいいの。きちんとお母さんにも話したし、審査員の方にも謝った。あづちゃんに報告が遅れてごめんね」
頭を下げられ、あづきは言葉に詰まった。
そして、大きく息を吐いた。
「——わかった。そっか。お姉ちゃんが決めたんなら、もう言わない」
ばっと顔を上げ、月子はにっこりと笑った。
お姉ちゃんを付き合わせていたのは、私の方だ。もしかしたら、最初からアイドルになんかなりたくなくて、わたしの夢に少し乗っかってくれていただけなのかもしれない。お姉ちゃんと、ここまで来させてくれたお父さんとお母さんに、きちんと感謝しなくちゃいけない。
あづきはそう思い、ゆっくり微笑んだ。
「せっかく来たんだもの。予定がなくなったし、今日は観光しない?」
母がカーテンを開けつつ提案をする。
良い天気で、日差しがまぶしい。思わず片目をつむる。
「そうしよう! あづちゃん、どこに行こうか。原宿も気になるけど、あんまり人が多いのは嫌かも」
「どこに行ったって東京は混んでいるわよ」
母は苦笑して答えた。
そうか。最終審査のない三日目は、ぽっかりと予定の空いた日になってしまった。
飛行機は確か夜七時の便。それまでたっぷり時間がある。
「あづきはどう?」
母に優しく訊ねられる。
横を見ると、月子もにこにこ笑っていた。
——想像していた最終日じゃないけれど。
本当なら、またあの無機質なビルに行き、歌ったり踊ったり、自己アピールをし、審査員たちが出す結果発表を聞き、無事アイドルへの一歩を踏み出す予定だった。
けれど。
あづきは大きく息を吸う。
「私、原宿でクレープが食べたいな!」
大きく笑ってそう答えた。
お母さんとお姉ちゃんと観光する一日もすっごく素敵だ。今度はお父さんも一緒だといいな。
そうしよう!と笑いながら、三人は起き上がって出かける準備を始めた。
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