「美しい兄弟愛ね……これはアタシからサービスしちゃう。カンパイ」
新しいジンジャーエールを賢太郎の前に置き、自分もグラスに飲み物を入れてカチンと乾杯した。
「……俺、ゴロウさんの分まで支払うほど手持ちないですよ」
「だあからサービスだって言ってるでしょ! んもう。このゴロウちゃんと飲めるだなんて、光栄なことなんだからね!」
はあ、なるほど、と言って賢太郎はゴロウのグラスを見つめた。
「……ねえ、凛太郎は夜おひさま公園で寝泊まりしてたって言ってたんだけど……それ、嘘でしょう。アンタが面倒見てたんじゃないの?」
にやりと目を細めると、賢太郎はゆっくり息を吐いた。
「そんなこと言ってたんですね」
「まあね。でも、公園で寝泊まりしているわりには清潔感あるし、服も綺麗だし、さすがに小学生だけで何日も……それはあり得ないかなって思って」
……まあ、あづきはパニックになってすっかり信じていたけれど。
賢太郎は静かに首を縦に振った。
「そう。あの日、公園で凛太郎を見つけて、連れて帰ろうとしたんだけど絶対に嫌だった離れなくて……だから、俺たちでしばらくの間面倒見ることにしたんです」
「俺たち?」
「俺たち……」
もごもごと賢太郎が口ごもる。
じーっと見つめていると、はああと顔を赤くしてため息をついた。
「彼女! 彼女がひとり暮らししてて、空観から比較的近いところに住んでるんです。だから、ちょっと力を貸してもらって」
あらまあまあとにやにやしていると、「帰ります」といきなり立ち上がったので慌てて謝った。
「やだごめんなさいったら! んもう、べつにからかったりなんかしていないのよ」
「……していたじゃないですか……」
うふふ、ごめんあそばせ、とポーズを決めてみる。
「彼女は同級生なんですけど……今休学中で、昼間はアルバイトしてるんです。で、俺も助けになりたいなって思って、夏休み中はバイトしてて……凛太郎には家にいるように言ってたんですけど、ぷらぷら出歩いてたみたいですね。変だなって思ったから、けっこう初めのほうに尾行して、あのアパートに出入りしてるのは知ったんです」
「あらやだ、知ってたの?」
ゴロウは目を丸くする。
通りでスムーズに発見されたわけだ。
古臭いアパートのよく知らない大人たちと小学生の弟が一緒に昼間からいるだなんて、怪しいにもほどがある。なので、もちろん最初はすぐに連れもどそうとした。
しかし——凛太郎が話せなくてもなんの気にも留めず、訳も聞かず、ただただ毎日楽しい時間をそこで過ごしているということは、賢太郎が遠目で見ていてもわかることだった。
それに凛太郎はきっかり八時を過ぎるとアパートを出ていたし、アルバイト後の賢太郎と彼女で近くまで迎えに行き、夜は三人で寝て、昼間はやわらか壮で過ごす、というのがここ最近の凛太郎のルーティンだったそうだ。
「俺がもっとうまいことやってればよかったんですけど、ちょっとミスっちゃって……母さんが警察に連絡しちゃったみたいで、ニュース見てびっくりしてとりあえず凛太郎を迎えに行ったんです。あの時は感じ悪くしてすみません」
賢太郎が深く頭を下げる。
この子は、こんなに真正面から生きていて辛くないのだろうか。いや、生きていて辛くない人なんていないか。
ちらりと賢太郎が腕時計を見る。そろそろ帰る時間のようだ。
あの、と賢太郎が口を開く前に、ゴロウが明るく笑った。
「今日のお代はいらないわ。まァまた遊びに来てちょうだいな」
にっこり笑うと、賢太郎は静かに微笑んで頭を下げた。
「あ」
店から出ようとしたところで、賢太郎が足を止める。
「さっきゴロウさんが飲んでたやつ。あれ、ジンジャーエールですか?」
ああ、とゴロウがつぶやき、笑顔で首を振った。
「ジンジャーエールに、ビールを入れたカクテルよ。シャンディガフっていうの。ジンジャーエールの大人版って感じかしらねえ」
シャンディガフは、ビールが苦手な人も甘いお酒が苦手な人も飲みやすい。
ジンジャーエールの甘さの中に少しだけビールの苦味が加わり、爽やかですっきりとした後味になる。
「お酒が飲める年齢になったら、飲んでみようかな」
そう言うと、もう一度賢太郎が頭を下げて店を出た。
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