「空観町……ってここじゃない。なに、アンタたちって一時間も離れたところに住んでるの?」

 「ああ、俺たちは金城かねしろ区に住んでて……」

 「うわっ高級住宅地じゃない。ボトルでもいれてもらおうかしら。アンタは飲めないけど」

 ふふ、と小さく笑い、賢太郎はナッツをつまんだ。

 「凛太郎も俺もなんか物珍しくて……コロッケ買い食いしたり、パン屋さんでよくわかんないパン買ってみたり、渋い喫茶店に入ってみたりした。自販機でジュース買って、近くにあったおひさま公園ってところでひと休みして、それから暗くなる前に帰ったんだ」

 ……良い気分転換になっただろうか。

 電車でぐっすり眠っている凛太郎を見て、少しほっとした。

 

 家の前に着くと、ミチが待ってくれていた。

 電車に乗るタイミングで、一応家には電話を入れておいた。慌てた様子でミチが出てくれて、少し遊んでいただけだと言うと、ほっとしているのが電話越しでもわかった。

 「賢太郎坊ちゃん、凛太郎坊ちゃん、おふたりとも無事ですか」

 「さっき電話で話した通りだよ、連絡が遅くなってごめん。母さんは?」

 「今は落ち着いていて……先ほど睡眠薬を飲んでいたので、早いですがもうお休みになられたかと」

 ならひとまず大丈夫そうだ。

 眠たげに目をこする凛太郎の背中を優しく叩く。

 「また明日ゆっくり話そう。今日はもう寝ような」

 凛太郎がこくんと頷く。そのままふらふらと部屋に行き、風呂も入らずに寝てしまった。

 ——さて。

 賢太郎も自室へもどり、パソコンを開いた。

 こういう時はまずカウンセラーを用意するべきだろうか。いきなりメンタルクリニックというのは少々ハードルが高い気がする。……それに、凛太郎はまだ十歳だ。小児科で精神に詳しいところがいいだろう……。

 調べている最中に、賢太郎もうとうとしてきた。こんなに歩き回ったのは久しぶりだ。

 結局そのまま、デスクに突っ伏して眠ってしまった。


 変な夢を見た。

 そこは空観町ではなくローマで、各重要人物との挨拶中、退屈した凛太郎はバレないように靴を脱いでいた。

 その後、俺は凛太郎と自転車をふたり乗りして町内をまわる。公園にあった砂場に手を突っ込んで、抜けないと笑っていた。


 ……ローマの休日?


 太陽の光で目が覚め、賢太郎は目をこすった。

 ふふ。凛太郎がオードリー•ヘップバーン。俺が、グレゴリー・ペック。ふふふふ……。

 おかしくなって、ひとりで大笑いしてしまった。

 コンコンと控えめなノックが聞こえる。

 涙目になりながらどうぞと答えると、ミチが入ってきた。

 「おはようございます、賢太郎坊ちゃん。あ、の……?」

 「ああごめん、何でもない」

 「はあ、良かったです。賢太郎坊ちゃんまで何かあったのかと……」

 いきなり部屋から笑い声が聞こえ、ミチも驚いたのだろう。ただでさえ凛太郎が大変な状況だというのに、兄までおかしくなってしまったらもうミチの手には負えなくなってしまう。

 「大丈夫だよ。凛太郎どう? 母さんも起きてるなら朝食はみんなで……」

 「それが……」

 ミチが言いづらそうに黙り、小さく息を吐く。


 「凛太郎坊ちゃんが出ていってしまったようなのです」

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