「……よし、通報ね」

 ゴロウが冷静につぶやく。

 ポケットからスマートフォンを取り出し、電話をかけようとしたところであづきが体当たりをしてきた。思わずスマホを落としてしまう。

 「ちょっ……何よ!」

 「ゴロウ、ちょっと待って!」

 いつになく真剣な顔をしている。

 あづきの気迫に、ゴロウは数歩後ずさりした。

 「あんた、下手したら誘拐になっちゃうから一緒に住めないとか言ってたじゃない! ニュースになってるのよ? 夜の八時以降、家に帰ってなかったってことなのよ?」

 「わ、わかってるけど」

 あづきが携帯を拾い、ぎゅっと握りしめる。

 「……帰れない事情があるのかもしれない。まずは凛太郎に話を聞いてみてから判断しよう」

 そうは言ってもね……と言いかけたところで、ゴロウは開きかけた口を閉じた。

 あづきも、ここに来てからほとんど部屋を空けていない。もしかしたら彼女も、家に帰ることのできない何かがあるんだろうか。

 はあ、と息を吐く。

 「里枝子ばーちゃんはどう?」

 ゴロウはドア付近に立っている里枝子に声をかけた。

 里枝子がここのオーナーだ。最終決定権は里枝子にあるだろう。

 「……訳ありの人たちが、やわらか壮には集まるからね。凛太郎に話を聞いてみましょうか」

 ぱっとあづきの顔が明るくなる。

 ……大家である里枝子がそう言うのだから仕方ない。

 わかったわよ、とゴロウがため息をついた。

 「んもう、スマホ返してよね。乱暴者。壊れてたら弁償よ」

 「ごめんごめん、だってびっくりしたんだもん」

 苦笑して謝りつつ、あづきがスマホを拾い渡してくる。とりあえず液晶も割れたりしていないし、動作も問題なさそうだった。

 「さて」

 里枝子は静かに寝息を立てている凛太郎に近づいた。

 優しく肩を揺らし、声をかける。

 起こしてしまうのがもったいないくらい、気持ちよさそうに寝ている。なんか絵画みたいだなあ。ま、あんまり見たことないけど。とゴロウは思った。

 「?」

 起きた凛太郎が、目もとをこすりきょろきょろと見回した。

 ゴロウとあづき、里枝子の姿を確認し、少し安心したように息を吐いたが、同時に首を傾げる。

 「凛太郎ちゃん」

 里枝子がよいしょと屈み、凛太郎と目線を合わせる。つられて凛太郎も正座の姿勢をとった。

 「お家に帰っていないのね」

 どきり、と凛太郎が一瞬震える。

 ああ——やっぱ帰っていなかったか。

 ゴロウとあづきは苦虫を噛み潰したような表情で顔を見合わせる。

 ニュースによると、ランドセルが公園に捨てられていたという。確かに、初日だけランドセルを抱えていたが、次の日から持ってきている姿を見ていない。ノートやペンなど、必要そうなものは全て里枝子の部屋に置きっぱなしだ。

 「責めているわけじゃないのよ、凛太郎。アタシだって嫌なことがあると家なんか帰らなかったわ! なんならそのままこのやわらか壮に居ついちゃったんだから!」

 ばちんと音が鳴るようかウインクをすると、凛太郎が少しだけ柔らかく笑う。

 そして近くにあったノートとペンを取り出し、さらさらと書き出した。

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