宙叶
のーこ
焦がれた者
あの弓から放たれる矢が、まるで龍が駆けるように風を切り裂き、的を射抜く音が心地よかった。
弓道は孤独のスポーツ。自分と向き合う時間は心を鍛え、己の中にある熱意が沸々と湧き上がってくるのを確認することが出来た。
子供の頃に読んだ本でみた龍のように、逞しく、美しく、空を駆けるような優雅で魅力的なものへの憧れという熱意。その龍のような「英雄の象徴」を好奇心のまま、求めてしまっていた。
高校に入った時、弓道部がなかった。
でも、それは大した問題ではなかった。
龍への熱意、その元となる「英雄の象徴」を手に入れさえすれば、それでよかった。ただ、唯一気にしていたことは他者と関わるのが上手くないことだった。弓道によって己と向き合う時間は幾度もあったが、他者と心を通わす方法なんて知らなかった。
そんな中でも俺は思ってしまっていた。だから面白いと。
「あー、
「はい、ありがとうございます」
先生に名前を呼ばれ、高校入ってから初めてのテストが返却される。既に結果の配られたクラスメイトは喜んだり、悲しんだり、互いの結果を見せ合ったりなどしており、帰りのホームルームは騒がしくなっていた。
俺の点数は平均点だそうだ。まぁ高校1年生の5月だ。点数で焦ることはないだろう。だが、これで俺がちゃんと理解できていないことが何なのかがわかった。それがテストの面白いところだ。
ホームルームが終わり、放課後。
帰りの支度をしていると廊下が騒がしくなる。どうやらテスト結果の上位が張り出されているようだった。
「おい満点だってよ」
「でも知らない子だね」
「普段学校のどっかでサボってるらしいよ」
驚きと困惑が混ざった騒めきを横目に少し離れたところからテスト上位の名前をみる。確かに2位以下の名前は聞いたことがあったし、1年生のこの時期で既に頭が良いことで話題に上がる人たちだった。
「
その名を普段、聞くことは無かったが、目にすることはあった。クラスの名簿に確かに記載のある名前だったから。その姿も入学式の時に見たぐらいだろう。確か……女だったと思う。それぐらいの認識だ。
授業に出ずともテストが満点。
いったい普段は何をしているのだろうか。
にしても。
「カッコイイ名前だ……」
思わずハッとし、漏れた言葉を抑えるように口に手を当てて周りを見る。
……誰にも聞かれてはいなかったようだ。
今日は、もう帰ろう。
俺は龍の刺繡が入ったカバンの持ち手を改めてグッと握り、学校を後にした。
――――――
朝早くに登校し、昨日すべて返却されたテストの見直しを行う。
分からなかった問題が分かるようになる。この感覚はとても面白い。
しばらくするとクラスメイト達が登校し始めた。皆手元に新聞を持っており、それを見て今日が新聞部の新聞が発刊される日だったことを思い出した。
新聞部の新聞は学校の面白いことが沢山記事になっており、月に2回ほど発刊される人気のコンテンツではあったが、今日は少しおかしい。
「え?今日の内容ほとんどこれ?」
「正気の沙汰じゃないよ」
「2、3年生の記事が少ししかないじゃん」
「でも……これちょっと凄いかも!」
いつも新聞の面白いネタの話で盛り上がる教室が、動揺を含んだ異様な雰囲気になっていた。少し周りの会話を耳に入れながらテストの内容に向き合い続ける。
その後も登校する生徒が増えるにつれ、皆各々に新聞を持ってクラスに入ってきているようだった。その中で見知った顔の奴が、俺の元へやってくるのが視界に入った。
「よー!御幸!お前、翌日の朝からテストの見直しって相変わらずだなぁ。あと、そのカバンにある小さな龍の刺繍も中学の時から相変わらずだなぁ。……そんなことより!これ見ろよ!これ!!」
そう言いながら中学時代からの数少ない友人の1人が、発刊したての新聞部の新聞を俺の机にポーンっと投げ置いた。
見出しが目に入る。
「えーっと、『4月末、天体観測合宿』と書いてあるが……」
「そうそう!しかも今回の新聞の内容、ほぼこれだけだぜ?」
置かれた新聞の一面全てが天文部によって行われた天体観測についてが書かれていた。新聞に手を伸ばし、1枚、また1枚と中を見ていくが全て天体観測のことが書かれていることが分かる。
いつも多くのネタが敷き詰められている新聞部の新聞としては異例の新聞だということは、以前に目にした新聞を思い出せば明らかだった。
「これは……確かに異常だな」
「だろだろ?しかも、これ書いたの誰だと思う?」
「一体、誰なんだ?」
問いに問いで返す俺の言葉に彼は、新聞のある部分を指をさす。
その場所には新聞の執筆者の名前が記載されていた。
「天竺 宙叶か」
「そう!すごくね!?これまで記事を載せてた先輩たちを差し置いて1年生が書いてるんだぜ?」
興奮した様子の彼は言葉をそのまま続ける。
「でも、気になるよな。学年1位の学力で同じクラスだけど姿は見ないし、先生が言うには登校してはいるみたいだし、一体どんなやつなんだろうな」
「変わったやつなんだろうな。……この新聞、読んでも?」
彼は「もちろん」とだけ言葉と新聞を残して去っていった。
昨日あったテスト結果のこともあり、興味しかなかった。
どれどれと新聞の記事に目を通す。
「……」
それは声にもならない衝撃的な出来事だった。
文面から伝わる宇宙や星への愛が読み手を魅了する。
読めば読むほど引き込まれていく。机で新聞を読んでいるはずなのに眼前には宇宙が広がっているかのようだ。いや、宇宙空間に放り込まれた猫のような感覚になった。宇宙の壮大さ、星の美しさが脳に刷り込まれてくる感覚だ。
1枚、また1枚と新聞をめくっていく。
手が止まらない。
これは間違いない。
企画でも、特集でもなく、ライターの実力で他を黙らし、新聞を乗っ取ったのだと俺は気づいた。
――――♪キーンコーンカーンコーン♪
チャイムの音で顔を上げる。既に朝のホームルームが始まっていた。
テストの見直しのために用意していた時間は、いつの間にか溶けてなくなってしまっており、手の中にある読み進めた新聞だけが時間経過を知らせていた。
慌てて新聞をとじ、先生の話を聞く。
しかし、内容が入ってこない。それほどまでに新聞に込められた熱が凄かった。まるで龍のような熱さ持つ記事だった。
脳が沸騰する中、ある思いが浮かぶ。焦がれた英雄には、それを
これらを理解した時、頭に中で的を射抜くあの久しい感覚が蘇って思考がクリアになった。
この記事を書いた女。
天竺 宙叶……。
面白い。
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