第26話 ヴァルハラでの生活

ーAM 7:30ー

 悠帆一行がヴァルハラを訪れて1ヶ月近くが経過した。

 ヴァルハラの朝は、それなりに早い。

ヴー、ヴー、ヴー

デジタルの目覚まし時計がスヌーズし、その振動が伝わってくる。なぜだ。

「ん…んん…」

悠帆が、寒いなと思いながら、ムクっとベッドから起き上がる。

暖房が着いてもなお少し寒く感じる脱衣所でだが、悠帆はあまり寒くしてなさそうだっだ。寝間着を脱ぎ、シャワー室の扉を開ける。

うざったるいほどにあがる湯気に包まれ、手探りにシャワーのバルブを回し、シャンプーを洗い流す。

バスタオルで全身を吹き、制服を着る。

着替えた悠帆は部屋の扉を開け、廊下に出る。ここはヴァルハラの居住区。ヴァルハラの実に4分の1はこの居住区が閉めており、50100室のへやがある。ここに派遣されている、実に48769人の職員全員に一部屋ずつの部屋がある。部屋には寝室やリビング、キッチン、クローゼット、自由に使える空室、さらには風呂トイレ別、ほとんど普通の一軒家のような部屋であった。

長々と続く廊下を歩き、転送装置の上に乗る。


「おはよう、メイコ、ネオン」

「おはよー、」

「お…おはよぉ」

 悠帆が湯気に立ってる皿を乗せたお盆を、メイコとネオンが座っている机に置いた。

 ここは巨大な社員用食堂。基本的にここでは朝と夕の2食を提供しているが、常に食堂の人はいるので、常に軽食程度ならいつでも取れる。その食料を輸送するため、月に1回くらい、びっくりするくらいでかい貨物船がやってきて、世界政府の力を思い知らされる。

「今日の朝食は何選んだの?」

「バターロールとボルシチ、ココア」

「なんかいつもおんなじの食べてない…?」

「まぁいいじゃん…俺の親…の言葉を借りるなら『いつも通りの日常ってのが、一番いいのよ』ってやつだよ、」

 少し悲しんでるような表情をしながら、粉が溶け切らず、濃い色と薄い色が分断しているようなココアに、スプーンを入れ、混ぜる。

 湯気が立つそのマグカップを、悠帆はそっとれる。さわれるほどに冷めたとわかったら、カップを持ち、一気に飲み干す。奥に溶け残った粉の塊が口に流れ込み、甘ったるく濃い味が口内に充満する。

「それ…甘くない?」

「それがいいんだよ、甘いの、好きだからな、」

「キセノンちゃんも…甘いの…好きだよ…2人…似てる…フフ…」

「そうか、あいつも好きなのか…今度話題として持ち出してみるか」

悠帆は、はにかみながら、ボルシチを、温かみを感じる木製のスプーンですくう。



ーAM10:27ー

「これ、手直しした資料の一覧です。確認をお願いします」

「あ、はい!そこに積んである所に置いておいて!」

 今日もウンブリエルは大変そうだ。資料の見直し、その見直し点を、幹部たちに伝え直してもらうための要約、そしてその幹部たちに手直しされた資料を確認する。そのサイクルを繰り返している。いつ睡眠を取っているのかは誰にも分からない。


〘ウンブリエルはん、相変わらず忙しそうやなぁ〙

「まぁ…最初この図書館の司書とか正気かと思いましたけど…あの感じ優秀だから全部ぶん投げられてる感じですね…」

王位九星おおいきゅうせいはんたちは鬼畜やなぁ〙

「そういえば、世界情報神オーディンを管理している王位九星おおいきゅうせいって誰どういう人なんですか?」

〘ええっとなぁ、確か…『ウラヌス』…〙

「ウラヌス…どういう人なんですか?」

〘せやな…確か、ごっつい陽気で、派手なことが好きな…マジシャン?的な人や〙 

「…どういうことですか…それ…」

「わからへんよ。うちのトップがそう言ってるんやからしゃあない。許してくれ」

「トップ…ですか…」

 見たこともない、すごいトップに思いを馳せながら、堅苦しい本棚たちの密林を歩いていく。


ー同刻ー

 今日のヴァルハラ上空は久しぶりのびっくりするほどの快晴だ。とはいえ、極夜であるがゆえ、気持ちの良い空色は見えない。けれど空には、満天の星空が見える。

「あれが望遠鏡座ぼうえんきょうざ…真ん中の緑色の星が目印…一番きれいに見える…あっちはティータイム座…ティーカップとクッキーの形をしてる…大きい星座…」

 ネオンが天空を指差しながらメイコにそう話す。

「私の世界の星座とは全然違う…」

「メイコちゃんの世界には…どんな星座があったの?」

 ネオンが目を輝かせながら言う。

「こっちはね、88星座って言って、いろんな星座があったよ。例えば…おうし座とか、射手座とか…」

「いいね…それ…他になんか…こっちにはない特徴とかないの?…」

「えっとねぇ…あ、誕生日によって星座があるんだけど…それってこっちにある?」

「ない…なに?それ」

 ネオンがまた目を輝かせる。

「えっとね、黄道十二星座こうどうじゅうにせいざっていうのがあって、」

「あ…それはこっちにある…」

「あ、そうなんだ、後でそれも教えて。その12個の星座が、生まれた時によってその人の星座となるんだよ」

「なにそれ面白い…メイコちゃんは…無ていう星座なの?」

「私は2月18日生まれだからギリギリ水瓶座だね。19日からは魚座になっちゃうから」

「水瓶座…いいね…私もそういうのあればよかったのに…」

「じゃあ、こっちの世界の黄道十二星座こうどうじゅうにせいざってどんな星座があるの?」

「えっと…1月に見えるものから順に…梨座なしざ、トランペット座、巨人座きょじんざ大蜘蛛座おおぐもざ煙突座えんとつざ鸞鳥座らんちょくざ太陽座たいようざ三日月座みかづきざ、ランタン座、望遠鏡座ほうえんきょうざ麦座むきざ白馬座はくばざ…っていうのがあるよ」

「うん、星で星の星座作ってるのはちょっとできた経緯が気になるね、まぁそこは置いておくわ。ネオンちゃんって何月何日が誕生日なの?」

「ええっと…私…孤児だから誕生日がわからないの…」

 ネオンは少し悲しそうな顔をしながら言った。

「え…!そうだったの…ごめんね聞いて…」

「でもね、に出会った日を誕生日ってことにしてるの…」

「そうなんだ…」

「えっと…その日は…2月18日…あ、メイコちゃんとおんなじだ…」

 ネオンに目の輝きが蘇る。

「偶然だね…!じゃあ、多分、ネオンちゃんはトランペット座かな?2月だし」

「私はトランペット座…なんだ…ふふ…」

 ネオンは満更でもない顔をした。


…〘メイコ、最近やけにネオンちゃんと仲ええなぁ…まぁずっと一緒におったらしゃあへんか…〙

 インカムをオフにして、ヘリウムがポツリとつぶやいた。



ーPM6:36ー

 夕食の時間だ。

「私とネオンちゃん、誕生日同じだったんだよ!すごくない奇跡じゃない?」

 メイコがテンションを上げながらそういう。ネオンはニコニコしながらコロッケにかぶりついている。

 とはいえやっていることは朝食時と変わらないので、様子は割愛する。



ーPM8:02ー

 ここはヴァルハラに何カ所かある売店の1つ。けれど、売店と言っておきながら引くほど広い。無数のお店が入っており、ショッピングモールのようになっている。どれくらい広いかと言われれば、多分、都道府県にある一つの市くらいの大きさはある。とはいえ食堂もそのくらいの大きさだが、ヴァルハラに慣れれば何の違和感もないのである。

「生活雑貨フロアってどこだったけ?」

 悠帆が転移装置のパネルをいじりながら言う。

「えっとぉ…K-7-ʊ(ケーの七のユプシロン)とかじゃなかったっけ?」

「違うよ…F-7-ε(エフの七のイプシロン)エリアだよ…K-7-ʊ(ケーの七のユプシロン)だったら…スポーツ用品売り場…行くことになっちゃうよ」

「スポーツ用品フロアって、あんなに広い必要ないよな、」

「そう?自由グラウンドのところとか、サバナの自然公園かってくらい広いから、色々スポーツできるし、いいんじゃない?」

「だとしてもアルティメット用品専門店とか、政府の施設としては絶対いらないだろ、」

「まぁ…いいじゃない?…ここ…クリプトン大陸…は…他の大陸から…隔離…されてる位置にあるんだから…楽しいことが多くないと…嫌になっちゃう…」

「まぁ、それもそうだな、ところでその点で言うとヘリウムさんは大丈夫なんですか?」

〘ん?大丈夫やで、三人と話すの楽しいんやで。しかも、暇なときはだいたいクリプトンに話しかけとんねん〙

「そ、そうですか…はは…」

 悠帆はクリプトンは大変そうだなと思いながら苦笑いをする。

 細かく区分されたこの店の群れは転移装置で各場所に移動できる。ていうか、この広さを転移装置で移動させてくれないのなら、さすがにキレる。


ーヴァルハラ・売店・

  K-7-ε(エフの七のイプシロン)エリア

         日用品雑貨コーナーー

「えっと…あれぇ?このへんって書いてあるのに…どこだろ…」

 店舗のマップを見ながら商品を探している。が、店舗が広く、なかなか目的の商品が見つからない。

 無数に店舗が入っているのにも関わらず、それ一つ一つがコス◯コくらいデカいので、それもしょうがないのかもしれない。

「あ、あれだ…」

 店のサイズがサイズなので、棚もデカい。その棚の上の物を取るためにリフトが設置されているほどだ。

「こりゃまた微妙な所にあるなぁ…」

「えっと…リフト、向こうか…ちょっと動かしてくるね、」

「メイコちゃん…その必要はない…」

 そう言いながら、ネオンは服の隙間から触手を出す。忘れがちだが、この子はジェリー種である。

 しかし、普通のジェリー種の触手は普通、手より少しばかり長いくらいのはずなのにも関わらず、ネオンの触手は軽く5メートルは伸びている。

「…長くね?」

 ネオンは伸びた触手で目的の商品を取る。触手を引っ込め、商品を手に取る。

「はい…これ…」

「ありがとう、ネオンちゃん、触手すごいね!」

「そ、そう?」

 少し照れならも、フフンとドヤ顔をするネオン。

「ネオン…なんか触手長くね?」

「あ、えっとね…私、ジェリー種の中でも、『キタノアカ』て呼ばれるので…他よりちょっと触手長い…あと寒さにも強い」

「種の中にもまた細かく分かれてるんだ。へぇ~」

「キタノアカか、初めて会ったな」

 そんな風な会話をしながら、買い物は過ぎていった。




ーPM11:57ー

 自室に戻った悠帆は、風呂を済ませ、ベッドに入った。こうして、ヴァルハラの1日は終わりを迎え、また始まるのだ。


 

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