恋愛経験値MAXな彼女と恋愛初心者な僕〜プレッシャーに勝てず別れた後彼女からのアピールが止まらなくなった〜

田中又雄

第1話 ゼロの僕とMAXな君

 春の風が教室の窓をそっと揺らす4月。


 高校2年生になったばかりの僕、前崎聡太まえざきそうた、16歳。


 自分を一言で表すなら、「背景キャラ」。

いや、背景にもなれない、ただの空気のような存在だ。


 身長は平均より5センチ低く、眼鏡は安物の黒縁、髪は床屋で「いつもの」で済ませる切りっぱなし。


 趣味は漫画とRPGゲーム、休日は部屋でゴロゴロか、せいぜいコンビニまで散歩する程度。


 クラスでの存在感は皆無。

出席番号順で名前を呼ばれるとき以外、誰も僕に注目しない。


 そんな僕と真逆なキラキラした存在があった。

同じクラスの三島さん。


 三島奏みしまかなで

学校一の人気者で、まるでアニメのヒロインみたいな女の子。


 彼女を見ると、僕の灰色の日常が、まるでフルカラーの映画みたいになる。

【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818622174481192635


 三島さんはなんというか、人間じゃないレベルで輝いてる。


 黒髪は肩まで伸びて、陽に当たるとシルクみたいに光る。


 目はキラキラしてて、笑うと少し垂れ目になって、まるで子猫が甘えてるみたいになるのが、可愛さをより引き立てる。


 制服のブレザーも、彼女が着るとモデルがランウェイ歩いてるみたいに映えるのだ。


 声は少しハスキーで、話すたびに耳がくすぐったくなるような心地よさがある。


 彼女が教室に入ると、男子は一瞬で静まり、女子は彼女のバッグやネイルをチラチラ盗み見て、一挙手一投足が注目される。


 そんな彼女が、今年、奇跡的に僕の隣の席になった。



 ◇


 三島さんを初めて意識したのは、高校1年の入学式。


 彼女が壇上で「三島奏です!みんな、よろしくね!」と笑顔で自己紹介した瞬間、胸がバクンと跳ねた。


 彼女の笑顔は、まるで太陽みたいで、僕みたいな日陰者には眩しすぎた。


 それ以来、彼女は学校の中心にいた。

文化祭では彼女のクラスのカフェに男子が殺到し、体育祭ではチアリーダーで全校の視線を独占。


 バレンタインデーには、彼女のロッカーがチョコでパンクして、教師が「廊下に置かないで!」と怒ったほどだった。


 ちなみに三島さんの恋愛遍歴は、まるで神話のようだった。

1年のとき、彼女は演劇部の先輩と付き合ってた。


 長身でクールな文系イケメンで、彼女のために舞台の脚本を書いたらしい。


 でも、4ヶ月で破局。

「なんか、情熱が冷めちゃって」と三島さんが友だちに笑いながら話してたのが、僕の耳に届いた。


 次はバスケ部の副キャプテン。

陽気なスポーツマンで、試合後に三島さんに汗だくでハグして、女子の悲鳴が体育館に響いた。


 でも、それも半年も経たずに終了。


「一緒にいても、なんか物足りなかった」とのこと。


 それから大学生の彼氏もいたらしい。

サーファー風のイケメンで、三島さんを高級ホテルのディナーに連れてったとか。

でも、正式な交際にはならず、彼氏(仮)として終わったらしい。


 嘘かまことか、そんな噂が蔓延っていた。


 一方の僕は恋愛経験はゼロどころか、マイナス100だ。


 小学生のとき、好きな子に「バレンタイン、チョコあげるよ!」と言われて舞い上がったけど、結局、クラスの男子全員に配ってた義理チョコだった。


 中学では、勇気を出して文化祭で女子に「一緒に回らない?」と誘ったら、「え、ごめん、友達と約束あるから」と即断られた。 


 ちなみに友達と言っていたのに、文化祭終わりには二人はお付き合いを始めて、その女の子の方が僕に誘われたという話はすぐにクラスメイトに回り、恥をかいたし、その彼氏には近づくなよとキレられたり…。


 修学旅行では、グループ行動で「前崎、荷物見てて」と置物扱いだったり…。


 高校では今の所何の音沙汰ない。


 青春なんて僕の辞書には存在しない単語だ。

クラスで「好きな人いる?」なんて話題になると、話に入ることすらできなかった、


 非モテの極み、それが前崎聡太である。


 ◇


 2年生の春、席替えの日。


 くじの結果、先生が「前崎は…16番か。三島の隣だな」と告げた瞬間、教室が一瞬静まり、男子の視線が僕に刺さった。


 まるで、「なんでお前が!?」と心の中で叫んでるのがよくわかる。


 僕も心の中で「ラッキー!」と叫んでた。


 三島さんが「よろしくね、前崎くん!」と笑顔で言うもんだから、僕は「う、うん」とカタコトで返すのが精一杯。


 彼女の香水の甘い匂いが漂ってきて、心臓がフルマラソン状態だ。


 僕のことを認識してくれていたことが既に嬉しかった。


 しかし、隣の席になって、最初は話しかける勇気なんてゼロ。


 彼女が教科書を開くたびに、ページの端にハートや星の落書きがあるのを見て、そういうの書いてるんだーと少し親近感が湧いた。


 彼女のペンケースには、キラキラしたチャームがついてて、動くたびにチリンと音がする。


 結局話しかけられることもなく、数日が経過していく。


 でも、このチャンスを逃したら、一生後悔する。


 田中(僕の唯一の友人、ゲームオタク)に「話しかけろよ! 隣なんだから!」と煽られて、覚悟を決めた。


 最初の試みは、数学の授業前。


「み、三島さん、昨日の宿題、できた?」と、声が震えながら話しかけた。


 三島さんは「え、宿題!? やば、忘れてた!」と笑顔で返す。


 チャンス! と思い、「僕のノート、貸すよ!」と差し出したけど、緊張で手が滑って、ノートが床にバサッ。


 ページがめくれて、僕の恥ずかしい落書き(ゲームキャラのスケッチ)が丸見えに。「わ、前崎くん、絵上手いじゃん!」と三島さんは笑ってくれたけど、僕は顔を真っ赤にして「ち、違うんだ!これは!」と誤魔化した。


 案の定、失敗だ。


 次は、昼休み。

彼女が弁当を食べてるとき、勇気を出して「三島さん、いつも弁当なの?」と聞いてみた。


「うん、ママが作ってくれるんだ。見て、今日の卵焼き、めっちゃふわふわ!」と彼女は弁当を見せてくれる。


 めっちゃ可愛い。


 でも、僕の返しが致命的だだた。


「へ、へえ、僕、いつもコンビニのパン…」と、急に自分のしょぼさが気になって言葉が途切れる。


 三島さんは「コンビニもいいよね!そのコンビニのメロンパン、好き!」とフォローしてくれたけど、会話はそこで終了。


 僕の頭の中は「もっと話せよ!」と自分を罵る声でいっぱい。


 そんな失敗を繰り返しながら、1ヶ月かけて、ちょっとずつ話せるようになった。


「三島さん、昨日のドラマ見た?」とか「この問題、難しくない?」とか、たわいもない話題だけど、彼女が笑顔で答えてくれるたびに、僕の心はレベルアップしていく気がした。


 でも、同時に彼女の眩しさが辛かった。

彼女が廊下で他の男子と笑いながら話すのを見ると、胸がチクチクする。


 彼女の机に、誰かからのラブレターが挟まってるのを見つけたときは、胃がキリキリした。


 やっぱり、僕なんかが、彼女に釣り合うわけない。

そんな思いがいつも頭の片隅にあった。



 ◇


 告白は、7月の夕暮れ。

もう隣ではなくなり、少し経った放課後の教室は、夕陽でオレンジ色に染まってた。


 ほとんどの生徒が帰り、静かな教室に、黒板のチョークの粉がふわっと浮いてる。


 三島さんは、窓際でイヤホンをつけて、スマホで何か見てた。

どうやら誰かのことを待っているようだった。


 彼女の横顔が、夕陽に照らされて、まるで映画のワンシーンかのようだ。


 僕は机に突っ伏して、頭の中でシミュレーションを100回繰り返してた。


 誰か来たら告白は失敗する。

はやく…早く言え!


 田中にも「今しかないぞ! 男になれ!」とLINEで煽られ、ついに立ち上がった。


「み、三島さん!」


 声が裏返って、情けないったらありゃしない。

三島さんがイヤホンを外して、「ん? なに、前崎くん?」と笑顔でこっちを見る。


「えっと、ちょっと、外で…話、いい?」

「うん、いいよ! ちょっと待ってー」


 校庭の桜の木の下に移動した。

時期ではないので桜は咲いていなかったが葉っぱが地面に散ってて、風が吹くたびにヒラヒラ舞う。


 三島さんは「わ、めっちゃなんかエモいねー」と無邪気に笑う。

そんな言葉より僕の心臓は、ドラムロール状態だ。


 言え…言え…言え!


「三島さん、僕…ずっと、君のこと、好きだった。付き合って、ください!!」


 言葉を吐き出すのに、全てのMPを使った。

顔が熱くて、地面しか見れない。


 もし振られたら、明日からどうやって学校に来ればいい?

彼女の答えを待つ数秒が、まるで永遠のように感じた。


「へえ、前崎くん、めっちゃ真剣じゃん」


 三島さんの声は、いつも通り軽やか。

恐る恐る顔を上げると、彼女は少し首をかしげて、ニコッと笑ってる。


「いいよ。今、彼氏いないし、前崎くん、なんかハマっちゃいそうかも」


 …え?


「え、うそ、ほんと!? いいの!?」

「うん、いいよ。じゃ、よろしくね、聡太くん♪」


 彼女が僕の名前を呼んだ瞬間、頭がフリーズした。


 成功確率、隕石が落ちてくるくらいだと思ってたのに。


 三島さん、いや、奏が、僕の手をサッと握って、「じゃ、帰ろ!」と歩き出す。


 その手はめっちゃ温かかった。



 ◇


 それから1ヶ月。

僕と奏は、恋人同士になった。

でも、現実は、少女漫画みたいにキラキラじゃない。


 奏はめっちゃ可愛いし、優しいんだけど、問題は僕。


 恋愛経験ゼロの僕と、経験値MAXの彼女。

まるで、レベル1のスライムが、ラスボスとパーティ組んじゃったみたいな状況だ。


 初めてのデートは、隣町の遊園地。


 奏は、ピンクのニットにデニムのスカート、髪をポニーテールにしてて、まるでアイドル。対する僕は、母さんに「それ古臭い!」と言われたポロシャツを、意地で着てきた。


 遊園地に着くなり、奏は「ね、聡太くん、観覧車乗ろ!」と目をキラキラさせる。


 彼女の笑顔にドキドキしながら、チケットを買おうとしたら、財布を忘れたことに気づく。


 顔面蒼白の僕を見て、奏は「いいよ、私が出す!」と笑顔で払ってくれたけど、めっちゃ情けなかった。


 観覧車の中で、奏が「前の彼氏と来たとき、夜の観覧車でキスしたんだよね〜」と無邪気に言う。


 キス!? 僕、そんなスキル持ってないよ!


 他意はないのだろうが、比べられている気がして、結局、緊張でガチガチのまま、観覧車を降りた。


 別の日、放課後のファミレス。

奏が「ね、聡太くん、デザートシェアしない?」と提案してきた。


 パフェをスプーンで差し出され、「ほら、あーん!」と笑顔で言われる。


 心臓バクバク。


 お返しで僕もあーんしようとするけど、緊張でスプーンを口に持っていく手が震えて、パフェをシャツにドロップ。


 奏は「ぷっ、聡太くん、めっちゃ慌ててる!」と爆笑。


 彼女の笑顔は可愛いけど、僕の心は「またやらかした…」でいっぱい。


 彼女が「前の彼氏にさー、パンケーキ食べたいって言ったらさ、注文終えた後に『俺、あんまり甘いの得意じゃないんだよね』とか言ってきてさー、太るー!って文句言いながら彼氏の分も食べたんだよねー」と笑うと、まただ、前の彼氏の話が出てくる。


 奏の過去の彼氏エピソードは、僕の自信を削る。


 演劇部の先輩は、彼女のために詩を朗読したり、バスケ部の彼氏は、試合後に花束を渡して、観客が拍手したり、大学生の彼氏は、夜のビーチで花火デートしたり…とか。


 対する僕は、コンビニのスムージーを「奢るよ!」と渡したものの、ストローを逆に差しちゃったり…。

色々とレベル差がありすぎる。


 今日も、放課後の教室。

奏は、窓際でノートに何か書いてる。


 彼女のペンが動くたびに、キラキラしたネイルが光る。


 僕は、隣で宿題をしながら、チラチラ彼女を見る。

どうやったら、奏に「聡太でよかった」って思ってもらえるんだろう?


 彼女に飽きられたら、僕の人生はゲームオーバーだ。


「ね、聡太くん。」


 奏が突然顔を上げて、ニコッと笑う。


「今週末、動物園行かない? ペンギン、めっちゃ可愛いんだから!」

「え、う、うん! 行く、絶対行く!」

「やった! じゃ、決まりね。楽しみ〜!」


 彼女の笑顔に、胸がドキッとする。

でも、同時に不安が押し寄せる。


 いつも彼女の提案を受け入れるだけで、俺からは何も提案できない。

全くハマらなかったら怖いから誘えないのだ。


 動物園デート、ちゃんとリードできるかな? 前の彼氏みたいに、スマートにエスコートしたり、彼女の写真撮ったり、できるかな?


「聡太くん、なんか深刻な顔してるよ? 大丈夫?」


 奏が、いたずらっぽく笑う。


「い、いや、なんでもない! 動物園、楽しみだね!」


 必死で笑顔を作るけど、彼女は「ふーん」とクスクス笑って、またノートに戻る。


 帰り道、夕焼けの空を見ながら、僕は思う。恋愛初心者の僕でも、奏を幸せにしたい。

ゼロからのスタートだけど、失敗しても、笑われても、ちょっとずつ、彼女の心に近づきたい。


 たとえ今はスライムでも、いつか、彼女のヒーローになりたい。


 そう思っていたけど、それから1ヶ月ほどで僕らは別れた。


 理由は僕がプレッシャーに勝てなくなったからだ。

前の彼氏のこととか、イケメンな男友達と楽しそうに話している姿に嫉妬したり、今後捨てられることを考えると怖くて怖くて仕方なくて、結局、僕の方から別れようと言った。


 彼女は少し驚いた顔をした後、「わかったよ」と言ってくれた。


 そうして、僕の青春は終わった。



 …はずだった。

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