第4話 千人斬り隊長、恋で一本取れません

放課後。剣道場。

湿気と汗と青春が入り混じる中、昴 佑はひとり竹刀を立てていた。


「……“恋愛で一本”って、どこ打てば入るんだろうな」


隣では、女子剣道部エース・凛が、ひたすら素振りを繰り返している。

その無駄のない動作を見ながら、昴は言う。


「やっぱり心の胴狙い? いや、技ありで責めるべきか……」


「そんなことより、床にラムネ落ちてるでござる。

 例のメンヘラ後輩のか?」


「また爆弾(※千分の一で本物)落としてったのかよ……」


二人とも、一切拾おうとしない。


──昴 佑(すばる たすく)。剣道部主将。

身長185センチ。肩幅はドアを擦りそうな勢い。

引き締まった腹筋と、広い胸板は、まるで“グラディエーター”。

その甘いマスクも相まって「千人斬り隊長」と呼ばれているが、戦果のほとんどは“意味のないモテ”である。


例えば:


・上履きを忘れた女子に「俺の履いていいよ」と言ってドン引きされる。

・部室の窓を開けて髪をなびかせながら「青春って、風だな」と呟き、2秒で閉められる。

・LINEのアイコンが常に自撮り(やたらいい角度)。


……なのに、憎めない。なぜか。


今日の昼休みにもクラスの女子から

「昴くんさー、今日の昼、パン2つ買ってたよね?」

「うん、片方は“君の分”とか言うつもりだったけど、

 途中で恥ずかしくなって自分で食べた」


その話を聞いて

「無意味でござるな」と一言。


「知ってる……」


昴は凛を好きだ。でも告白はしない。というかできない。

彼の脳内には“告白ボタン”が存在しない。代わりに「ネタとして流す」機能が標準装備されている。


そんな昴の、日課のひとつが「凛の動きを目で追うこと」だった。


(素振りの音すら美しい……。いや、これは武道の世界に失礼か……)


「ジッと見られると集中できんでござるよ?」


「いや、それは……アレだ、風の流れとか見てただけで……」


「私の竹刀、風圧で動いたこと一度もないでござるが?」


……言葉に詰まる。


そしてその沈黙を打ち破ったのは、

向こうのコートで聞こえてきた女子部員たちのささやきだった。


「隊長って、あれで意外と真面目だよね」

「えっ、あの“視線の定点観測男”が? 意外〜」


昴は、小さく天を仰いだ。


「……俺の恋、空振りばっかりだな……。

 そろそろ、恋用の面でも買うか……」


「面じゃなくて、メンタル鍛えたほうがいいでござるな」


二人の会話は、今日もまっすぐどこにも届かない。


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