第31話『美術』
これは「わたしをつくった百の物語」というエッセイなんですけど、今回のは物語ではない。中学の美術の教科書についての思い出を書こうとと思ってます。小説でなくってすみません。
さて、みなさんは教科書というものにどういうイメージを持ってますか。勉強のために読ませられる本だから嫌い、でしょうか。カバンを重くするだけ授業以外開かないよ、でしょうか。特別に勉強が好き、という変態(失礼!)でもない限り、教科書が好きだという人は少ないように思いますが、どうでしょう。
もちろん例外はあるでしょうね。数学の教科書に載っている演習問題を解いているときめくとか、英語の教科書に載っている例文は暗記するまで読み込んでしまうとか……、わたしには見当もつかない感覚ですけど。
ところが、わたしにも唯一、隅から隅まで読んで楽しめる教科書というのがあったんです。それが中学の『美術』の教科書でした。
小さな頃は、絵描き――画家になりたかった。きれいな絵が描けると素敵じゃないですか。でも絵心はなかった。上手に描くことはできませんでした。『好きこそものの上手なれ』といいますが……嘘です。好きであっても下手くそなものは下手くそ。上手になれるわけはありません。ただ、わたしは絵を描くことにとても憧れていました。
さて、『美術』の教科書のいいところは、有名な画家や彫刻家の作品が載っていることです。絵は好きでしたが、芸術的価値が認められた作品を知っていたわけではないので、『美術』の教科書で知った有名な絵画に、わたしは驚きました。
――これが「絵」かあ。
正直なところ、どういった画家のなんという絵が教科書に載っていたのか、よく覚えていませんが、よく覚えているのがルネ・マグリットの《大家族》。荒波の打ち寄せる海岸と広がる曇り空、そこに大きく翼を広げた鳥のシルエットに青空が描かれた作品です。とても印象的な絵なので、見たら「あー、あれね」と皆んな思い出すやつ。あと、雪舟の《秋冬山水図》の「冬景」。水墨画の傑作ですが、単純な線と色彩の組み合わせなので「おれにも描けるかもしれない」とノートにせっせと模写したのを覚えてます。
ちなみに《秋冬山水図》「冬景」は、単純な線と色彩で構成されているため、そこに見る人の心を映し出します。つまり、絵を楽しめる人にはその素晴らしさを味わせてくれ、楽しめない人にはつまらない絵としか思わせないということです。絵を見るとき積極的に「視る」ことをしないと、水墨画の価値はわかりません。マグリットの《大家族》も一目見ただけでは意味が分からず、見る人に考えることを強制する絵画という点では《秋冬山水図》と似ているのかもしれません。
次回は、鈴木直人「ドルアーガの塔 三部作」を取り上げます。
☆
ルネ・マグリット(1898-1964)は、ベルギー出身の画家。空中に浮かぶ岩、鳥の形に切り抜かれた青空、指の生えた靴といった不思議なイメージを画面にコラージュした作風で知られる。アカデミックな絵画の世界よりもポップカルチャーの分野により大きな影響を与えた。本文に取り上げた《大家族》は日本にあり、宇都宮美術館に所蔵されている。
雪舟(1420-1506)は、室町時代の禅僧(画僧)。水墨画に優れた作品を残し、『秋冬山水図』をはじめ6点の作品が国宝指定されている。日本絵画史上、別格の評価を受けてきた画家。画聖。『秋冬山水図』は、東京国立博物館に所蔵されている。
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