第12話『のろわれた宇宙船』ハインライン

 のろわれた――とは穏やかでありません。おどろおどろしいタイトルです。宇宙船――ということは、宇宙を航行する船の物語なのでしょうか。のろわれた宇宙船とは、いったいどういう意味なのでしよう。


 『のろわれた宇宙船』(矢野徹訳 偕成社)は、アメリカのSF作家、ロバート・A・ハインラインの長編小説『宇宙の孤児』を子ども向けに抄訳したもので、SFの王道のひとつである宇宙と宇宙船を描いた物語です。


 わたしがこの本と出会ったのは、小学校の図書室でのこと。背の高い書架が並ぶ薄暗い図書室は静かで、微かに紙の匂いが漂っています。わたしはSFを探していました。図書室の一角に、SFばかりが並べられて箇所があることを知っていたからです。


 わたしがSFに興味を持つようになったのは、あるアニメのおかげでした。


 外宇宙からの攻撃により、滅亡の淵に立たされた未来の地球を救うため、アンドロメダ星雲の彼方、惑星イスカンダルを目指して旅立つ宇宙戦艦ヤマトと侵略者ガミラス帝国との戦いを描いたテレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』は、本放送こそ低視聴率のため打ち切りの憂き目にあったものの、再放送によって人気に火がつき、70年代後半には子どもたちの間で「ヤマトブーム」が盛り上がっていたのです。


 わたしもヤマトが大好きで、ヤマトに関連する「宇宙」とか「地球」とかいうキーワードには敏感になっていました。そのうち宇宙や地球、惑星といった言葉が頻繁に出てくる本が図書室にあるということに気づきました。それがSFだったのです。


『のろわれた宇宙船』は、わたしがはじめて読んだSF、というわけではありませんでしたが、わたしがSF好きとなる上で決定的な影響を受けた小説となりました。わたしはこの本を読んで、世界の見え方が180度変わってしまうという体験をしたのです。



 物語の舞台となるのは、巨大な恒星間航行宇宙船の船内です。大勢の人間を乗せたこの宇宙船は、植民のため、地球からもっとも近くある恒星であるケンタウルス座アルファ星――アルファケンタウリを目指して、何世代にも渡る宇宙の旅を続けています。


 ところが、この宇宙船に住んでいる人類は何世代にもわたり宇宙を航行するうちに、自分たちがアルファケンタウリを目指していることを忘れ、宇宙船に乗り込んでいることも忘れ、それどころか自分たちの宇宙船の外に宇宙があることすら忘れて暮らしているのです。宇宙船の船内だけが唯一の、そしてすべての世界と思い込んでいるのです。


 主人公の少年が、歪んだ人類社会から疎外されたために真実を知ったミュータント(宇宙線の影響により突然変異を起こした異形の人)の導きを得て、隠されていた宇宙の存在と宇宙船の真実、そして人類に与えられた使命――新天地であるアルファケンタウリに新しい人類社会を築くこと――に気づく物語です。


 しかし、自分ひとりが真実を知るというのは、知らないでいることよりも大きな困難を抱えることにほかなりません。主人公の周囲の人は、宇宙と宇宙船の真実を知らされても感謝するどころか、主人公を社会の異端者と決めつけ、排除しようとするのです。それは天動説が信じられていた時代に地動説を主張したガリレオが宗教裁判にかけられた歴史をなぞるかのようでした。


 主人公になりきって読んでいたわたしが受けた衝撃の大きさが分かってもらえるでしょうか。それまで信じていたことが根底からひっくり返されるという価値観の転換を体験できる物語――子どもだったわたしは心の底から思いました。


「こんなことが書けるSFってすごい!」


 こうして「センス・オブ・ワンダー」の洗礼を受けたわたしは、小さなSFファンとなり、数十年を経て現在に至ります。『のろられた宇宙船』を読んで以後、小中高を通じてわたしはSFを中心に本を読むようになるのでした。ある意味SFにのかもしれません。




ロバート・A・ハインライン『のろわれた宇宙船』(矢野徹訳 偕成社)


 上に書いたように『のろられた宇宙船』は、『宇宙の孤児』の子ども向け抄訳本です。残念ながらどちらも絶版となっていて、いまでは新品を手に入れることはできません。Amazonなどで中古本を探す必要があります。


 ロバート・A,ハインライン(1907-1988)は、アメリカのSF作家で、SF御三家のひとり。主な著作は『月は無慈悲な夜の女王』『異星の客』『宇宙の戦士』など。ほかに『夏への扉』が日本では有名でしょうか、読みやすいと思います。


 矢野徹(1923-2004)は、愛媛県出身のSF作家、翻訳家。作家してはほとんど知らないのですが、高校時代に夢中になったパソコン誌で名前を見かけたらような気がする……。名前は知ってるんですよ、ぜったい。



次回は、ウェルズ『透明人間』を取り上げます。

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